鈴廣解体新書 かまぼこの進化を支える「魚肉たんぱく研究所」

ぷりっとはね返る弾力こそ、かまぼこの魅力。小田原で創業155年の鈴廣が、これまで蓄積したかまぼこ作りにおける技術は、そのほとんどが職人の経験に基づく技として、主に現場で伝えられてきました。しかし、ベテラン職人の技のどこに弾力を生むカギがあるのかは、科学的には解明されてきませんでした。2007年、鈴廣は「魚肉たんぱく研究所」を設立。職人技を科学的に解析することで、おいしいかまぼこをつくる理論を導き出そうと動き出しました。魚のタンパク質に特化した研究所は、日本でも珍しい存在。所長であり博士(農学)の植木暢彦さんに、かまぼこ研究の日常を伺いました。

鈴廣のかまぼこの弾力の強さに驚き、研究者に

大学院時代から水産加工に関する研究が専門だった植木さん。「魚肉たんぱく研究所」入所のきっかけは、何気なく口にした鈴廣のかまぼこの弾力に心底驚いたからだそう。「あるとき研究者仲間の集まりで、かまぼこを食べ比べる場に参加しました。それまでかまぼこについて、研究対象としてはおろか、食べる機会すらほとんどなかったのですが、鈴廣のかまぼこを食べてみて衝撃を受けました。魚のタンパク質が、こんなに弾力を生むとは、と。研究者として、魚タンパクの弾力性に俄然興味が湧いた瞬間でした」。

※研究所にある、かまぼこの弾力を測定する専門の機器。弾力を数値化する。

職人の伝統的な所作が生みだしていた、良い「足」

着任した植木さんの最初の役割は、職人が受け継いできた「技の根拠」を数値で示し、可視化すること。
「長年魚を見て、触って、加工してきたベテラン職人に、ひとつひとつの工程を教えてもらいながらリサーチをしました。例えば、かまぼこの弾力のことを現場では『足』と呼び、『足』が弱くなるのを『戻り』と呼びます。良い『足』を出すことを職人は求められていますが、これを邪魔するのが、魚の体表や内臓に付いているタンパク質分解酵素。なぜ職人が大量の水で魚を何度も洗い、内臓を取り除いたらすぐに包丁を洗い、作業板の上も常に洗浄していたのか。それは、タンパク質分解酵素がすり身に入らないようにするため。つまり経験則から『戻り』が起きないようにしていたからだと分かったのです。さらに、魚の部位別に酵素の含有量を調べていくと、内臓以外にも腹肉、いわゆるハラスの部分にも分解酵素が多く含まれていることも分かり、職人が『ハラスが入るといい足が出ない』と言っていた理由も、科学的に解明されました。それ以外にも、すり身に塩を加えるタイミングや量、すり具合、水分量の目安、蒸すときの温度や時間など、良い『足』を出す職人技はいくつものポイントがあります。これらが科学的にわかることで機械生産の技術向上に生かされたり、修業中の職人が、ベテラン職人が行っていることを理論的に理解できるようになります。

魚タンパクを研究したからこそ伝えたい、かまぼこという食材の魅力

「私自身、かまぼこの研究を通じてかまぼこの優位性が明確になり、今では日々の食卓に欠かせません。かまぼこは、高タンパク質低脂肪で消化が速く、体内で作れない必須アミノ酸も豊富な高機能食材です。この素晴らしい“かまぼこ”という食材をもっと多くの人に知っていただきたいと思いながら、研究を続けています」。

こうした「魚肉たんぱく研究所」による職人技の科学的理論化は、職人をはじめ、かまぼこに携わる多くの人の理解を深め、品質の向上等にも広く活用されています。さらに研究所では、かまぼこ業界全体のために、様々な研究結果をWEBサイトhttps://www.surimi.com/で公表。知識の解明とデータの共有は、日本が魚を食べる文化を守る上でも、非常に重要な活動だと感じました。

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この記事を書いた人

馬田草織

編集者・ポルトガル料理研究家。料理雑誌などで編集者・ライターとして活躍するかたわら、自宅でポルトガル料理教室を主宰。Web「cakes」にてお酒に合うポルトガル料理を紹介する「ポルトガル食堂」を連載中。
近著『ムイトボン!ポルトガルを食べる旅』(産業編集センター)など著書多数。

http://badasaori.blogspot.com/

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