南足柄市苅野に小田原地域きっての“豚想い”の養豚家として知られる相原海さんの養豚場「農場こぶた畑」がある。飼育方法にも「定期便」という販売方式にも相原さんの理念が体現されており、実にユニークだ。できる限り自然な状態で生涯を終えられるような環境を考えた「こぶた畑」に込められた想いをきいた。
豚たちにとって心地のよい場所を
「こぶた畑」に行くと、豚たちが青空と緑に囲まれながら、ゆったりと暮らしているのが印象的だ。
大きい近代的な養豚場では何千、何万頭という豚を飼っているが、「こぶた畑」はわずか数十頭。肥育スペースも一般的に20頭ほど入れるところを、あえて4頭程度に抑えている。そこには、豚に負荷をかけないことが結果的に美味しい肉につながっていくという相原さんの考えがある。
豚は本来とても穏やかな性格で、特に母豚はとても注意深く、仔豚のちょっとした泣き声にも敏感に反応し、気を配るんです。でも、生産性だけを優先する場合では、体の向きを変えられないほど狭い檻に入れ、スケジュール通り出産するように分娩誘発剤を打つことになる。すると母豚は、自分のリズムと距離感で子豚と関係を結べなくなり、過度な緊張に陥ったり、逆に感情を失い無表情になったりします」と、相原さんは話す。
「こぶた畑」では、豚が本来自然の中で育つ環境にできる限り近づけている。そこには豚の命に寄り添って育てることから外れたくないという相原さんの強い想いが込められている。
「生き物」として大切に育てる
出荷までに時間をかけているのも「こぶた畑」の特徴だ。
豚は通常3週間から4週間で離乳し6か月ほどで出荷されるが、「こぶた畑」では約40日の離乳期間を設け、出荷に9か月もの時間をかけている。高い栄養価のある飼料を短期間で与えて育てるのではなく、じっくりと時間をかけながら育てることで、より豚たちのストレスがなく、お肉の質もよくなるのだという。
また、豚が食べるものによっても肉質は大きく異なる。そのため、豚の肥料も相原さんのお手製なのだとか。牧場に生える青草や自家農園で農薬も化学肥料も使わずに育てた野菜、さらに地元の仲間から届くパンの耳や米糠、かまぼこのロスなどを発酵させて飼料をつくっている。
定期便で届く「こぶた畑」の豚肉は、受け取るお客さんもそうした豚肉の味の変化を感じられる。
一生懸命に生き抜いたいのちを食べること
定期便として届く「こぶた畑」の豚肉は、ぱっと店に行って買うことができない。
この定期便は、週一回、豚のどこかの部位が届けられる仕組みだ。一回に送られてくる量は500g。個包装の薄切りした豚肉やひき肉に慣れてしまっている現代ではあまり見慣れないが、ここにも1頭の命を少しも無駄にしないためという相原さんの想いが込められている。
そして、相原さんはあえて「いつも特級品を出します」とはいわないのだという。
「豚は生き物だから、こっちが努力しても個体差ってのはあるわけですよ。何万頭も育てていればそのうち何頭かはとてつもなくおいしい豚に育ってそれを特上肉として売るところはあるでしょうが、うちは小規模ですからね。どんな豚肉でも一生懸命生き抜いたんです。だからどの豚肉も同じ価格で召し上がっていただくことにしています」。
こうした珍しい販売形式だが定期便への申込者は増え続け、今では長いウェイティングリストが存在する。「こぶた畑」の豚肉には、消費者にとっても特別な魅力があることを示している
自然にも豚にも理想的な環境を
「こぶた畑」があるのは、水や土がきれいな南足柄。
この環境を汚さないことを基本としながら、豚にとって心地よい場所になるよう工夫がされている。季節によって寝床を変えたり、豚舎の床にチップを敷いてにおいをおさえたりすることもそのひとつだ。
「豚と畑が循環の輪の中につながっていくこと」が畜産の本来のあり方と考える相原さんの「こぶた畑」は、おいしいお肉にすることだけを追求するのではなく、環境や生き物のことを考えながら存続していくのだろう。「こぶた畑」のような畜産業の姿が増え、守られていくことを願う。