今回取材した籠常商店は、小田原の地で130年近くの歴史を育んできた鰹節専門店。削り立てのかつお節だけを販売し、箱根の料亭をはじめとした飲食店の料理人にとっても欠かせない「プロ御用達」の店にも成っている、彼らが選ばれ続けてきた理由。そして代々守ってきた味の秘訣に迫る。
創業130年
築き上げてきた独自のスタイル
籠常商店が創業したのは1893年。以来、彼らは1世紀以上にわたり実店舗での量り売りのみを続けており、パッケージ化された商品の取り扱いはしていない。その理由は彼ら独自の商売スタイルにある。
籠常商店の顧客は代々、ほとんどが箱根の旅館を中心とした料理人たち。自分たちのオリジナルの味わいを作り出すのではなく、各料理人が求める味を再現することがいつの時代も最優先として捉えられてきた。
卸す店舗によって3種類の鰹節の配合を少しずつ変えるため、大量生産はできない。そのため、実店舗では量り売りでの販売が続けられている。
削りたてならではの鰹節の香りよき店内
籠常の鰹節は、特に香りが強く、店内には鰹節のいい香りがいっぱいに広がる。また、出汁をとるだけでなく、冷奴の上に乗せるなどして、そのまま食べても鰹節本来の味を楽しむことができるのが特徴だ。
良い鰹節の条件はふたつある。ひとつめは、香りを生み出す鮮度。ふたつめは、旨味が凝縮されているかどうかである。
籠常の鰹節の魅力をひとことで表現するならばいつでも「削りたて」だということ。鮮度が良く、削ってからの時間が短いため香りが強い。「削りたて」の鰹節でしか出せない風味を楽しめる。
もちろん、どんな鰹節でも削りたてならば美味しいわけではない。プロの料理人に認められるためには、鰹節そのものの味が良くなければならない。
籠常の鰹節は味が濃厚と評判だ。通常100グラム必要な場合でも、籠常の鰹節であれば80グラムで十分という。
さらに、「専門店」だからこその品揃えの豊富さも魅力のひとつである。一般的によく見かける、出汁を取ったときの香りが強い「鰹」の他に、魚の旨味を感じられる「鯖」や「宗田鰹」などの普段見かけない魚種も取り扱う。
100年後も変わらない。
それこそが彼らの目指すスタンダード
籠常の鰹節はひとつ一つパックにせず、量り売りのスタイルを貫く。それについて、五代目当主の石黒さんはこう語る。「これがうちが長年やってきた方法なんです。一気に削ってパックにすることもできるけど、毎日少しずつ削らないと鰹節の風味の良さは保てないもの」と。昔ながらの紙袋に入れられた鰹節からは、香ばしく、芳醇な匂いが溢れだす。
「マーケティング」という言葉が先行し、ビジネスを継続するためには時代のニーズに合わせた調整が必要と言われがちな昨今。ただ、商品に普遍的な魅力がある場合、どんな時代においても「変わらずにあり続ける」こともまた、ひとつの価値になりうるのだ。変化する時代の中で、彼らは変わらぬ鰹節の味をお客様に届けていく。
鰹節が発展してきたのは「小田原」だから
店の背後に広がる相模湾。鰹節の販売は、箱根に近く、相模湾を望めるこの土地だからこそ生まれ、育ち、残ってきた産業なのかもしれない。
かつては相模の国と呼ばれたこの地域は、旧くより鰹の名産地として知られていたという。そんな鰹節はこの土地に伝わるひとつの歴史ある食べ物なのだ。
ある意味そんな文化の「守り人」として、昔ながらの手法を続け、新鮮な鰹節を販売する籠常に一度で良いから訪れてみてほしい。