およそ300年もの間、みかんの生産に携わってきた「あきさわ園」。四季折々の山の恵みを人々に提供してきたその農園は、衰退する農業の現実を受け止めながら、あきさわ園だからこそできることを模索し、提供し続けている。食することは生きることであると確信し、挑戦をつづけるその農園に足を運んだ。
その農園は学びと体験の入り口だった
小田原駅から車で東に走ること数10分、段々と深まる緑の景色はドライブには絶好の道中だ。しばらく山道を走ると、左手にあきさわ園の入り口が見えてくる。
江戸時代からみかん栽培を中心におこなってきた「あきさわ園」。温暖な気候とほどよい海風が流れるこの地はみかんの栽培に非常に適しており、神奈川県の中でも小田原は特に多くのみかんを生産している。
山の中腹に目を向けると、黄や橙の柑橘類が実をならしている。取材に行った初冬はまさに柑橘類のシーズンだったためか、車から降りるとそこはかとなく柑橘の匂いがした。
出迎えてくれた秋澤さんは、最初にみかんを食べさせてくれた。みかんの酸味が冬のクリアな空気と共に鼻からすっと抜けていくのを感じていると、「じゃあ移動しましょうか」と、みかんの蔵がある山中へと歩みを進めた。
自然の力を借りながら甘みを増す「蔵熟みかん」
あきさわ園のみかんは「蔵熟みかん」と呼ばれる特殊な方法で生産される。
蔵熟みかんは文字通り、蔵で熟成させたみかんのことだ。熟されるほど味が濃く、ほどよい酸味と深い甘みが引き立つ。日本の太平洋側の限られた地域で栄えた伝統的な生産方法なのだと秋澤さんは話す。
使用される蔵の壁は土でつくられており、みかんが発する水分を吸収するという。またこの土の壁には断熱効果もあるため、みかんの保存に適した造りになっているのだ。屋根の骨組みには、園内で伐採した竹を使用しており、その上に田んぼの粘土を発酵させて粘り気を持たせたものと藁(わら)を混ぜたものをかぶせて、強度を上げている。
蔵熟みかんはそんな自然の力を最大限利用した蔵の中で、ゆっくりと熟成されていく。
四季の恵みを食することで人の営みを学ぶ
あきさわ園は蔵熟みかんだけでなく、四季それぞれの旬の果物収穫体験やワークショップを催している。手渡された手書きのガイドマップには、山の地図と季節ごとに採れる果物や農作物について描かれていた。
たとえば春は、筍の収穫や玉ねぎの収穫体験などがあるようだ。成長の早い竹は密集して増殖すると、山に日陰をつくる「竹害」となる。そのため筍を皆で収穫することは、楽しくておいしい体験を通じながら、山を守ることにもつながっているのだとか。
夏ごろにはブルーベリー狩りや、みかんの花の化粧水づくり。青みかんでのジュースづくり体験などがある。流しそうめん体験では、竹を切り出すところから始めるという。「大人たちが子供の手本となるような体験ができるんですよ。お父さん、お母さん、もちろんノコギリ使えますよね?お子様にも教えてあげましょうね」と秋澤さんはいたずらに笑う。
秋は稲刈り、落花生堀りや締め縄づくりを行う。また焼き芋体験や、収穫したお米でつくるきりたんぽ鍋や、みかん鍋も人気だ。冬にはもちろん、みかん狩りや湘南ゴールドでのお菓子づくりなどを行っており、どの季節であっても、その季節ごとの体験と味覚を楽しめるようになっている。
まるで、かつての日本人の生活を思わせるコンテンツの数々が用意されており、「ウチに来ればいろいろな体験はもちろん、バーベキューやキャンプだってしようと思えばいくらでもできるから、とりあえずおいでよ」。と、秋澤さんは笑いながら話してくれた。
その山は多くの可能性を秘めた宝箱
車であきさわ園の山頂までたどり着くと、見渡す限りの大空と海が待っていた。その視界に入るおよそ5キロ四方の中には、農業や漁業、酪農などの全ての産業が集まっている。これだけ豊かな環境にありながらも、農業の置かれている現状は厳しいと秋澤さんは話す。
「とにかく人がいればここは宝の山です。今は荒れてしまっている所も、草むしりして山を開墾すれば、米でもみかんでも玉ねぎでも、なんでも作れるんですよ。みんなで協力しながら、自分たちの食べるものを自分たちでつくっていく。みんなが笑顔で暮らせる未来を、この土地からつくりはじめたい」
「秋澤史隆にしかできないことは何かを常に考える」。あきさわ園はそんな熱い想いの中で守られてきたバショのようだ。自然に触れて童心に帰る時間と、日本の農業について考える時間を交互に繰り返し、最後にはまた訪れたいと素直に思えるあきさわ園に、興味ある方はぜひ訪れてみてほしい。
あきさわ園
〒256-0801
神奈川県小田原市沼代1215
電話:0465-43-0305
https://montealegre-paraiso.com/