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ミュージシャン志望からコーヒー焙煎の世界へ。コーヒーと音楽を繋ぐロースター

「スズアコーヒー」ロースター 鈴木 雄介

2023.08.03
ミュージシャン志望からコーヒー焙煎の世界へ。コーヒーと音楽を繋ぐロースター

1956年に創業して以来、小田原市内の店舗でコーヒー豆の自家焙煎を続ける「スズアコーヒー」。創業者の孫であり、現在のロースターを務める鈴木雄介さんは、どんな思いでコーヒー豆の焙煎と向き合っているのか。また、どんな人物なのか取材してみた。

いまに至るまでの道のり

「音楽を生業とする道を諦めたとき、自分にとってコーヒーも音楽と同じような身近な存在であることに気づいたんです」

「社会人として働き始めてからは、スズアコーヒーにしか勤めていないのですが、実は学生の頃から音楽をやっていて、大学卒業後1年間くらいは、就職せずにDJとして音楽活動に専念していた期間があるんです。

私が所属していたバンドはインディーズながらデビューが決まっていたのですが、どこか心の中ではそろそろ安定した仕事をやらないと、という思いがありました。

そこで、元々コーヒーが好きだったこともあって、最初はなんとなくですが祖父の代から続く稼業を手伝い始めたんです。音楽の夢を諦めきれない気持ちもありましたが、コーヒー焙煎の仕事をしながらでも音楽活動はできますから。いまでも友人のプロデューサーから仕事を受けてDJも続けています。

よく考えてみれば私にとって音楽は当たり前にある空気のような存在なのですが、コーヒーも同じだったんです。物心ついた頃から家でもコーヒーを淹れていたし、お店に来ればいつでも焙煎したコーヒー豆の良い香りが漂っていました。

そんな常にコーヒーが身近にある環境でしたが、それが恵まれていた環境だと気づいたのは実は最近なんですよ。
ふと中学生の頃の出来事を思い出したんです。ロースターの友人がここに来た時に、祖父や祖母が二階から降りてくるのを見て、『本当の自家焙煎だね』って言ったんです。

当時、一階は焙煎所で、二階は祖父母の居住スペース。自家焙煎って一般的にはカフェなどで生豆を仕入れて焙煎することを言いますけど、我が家の場合は文字通り自分の家で焙煎していました。

そうか、だから孫の私も当たり前のようにコーヒーに触れられていたんだって。

そうしてコーヒーに携わる仕事を始めて約20年。その間にコーヒーに関する様々な資格を取得し、いまはスズアコーヒーの3代目として父の後を継ぐため勉強しているところです。その傍らで音楽活動もやっているし、コーヒーと音楽、昔から好きなことをずっと続けられているのは幸せなことですね」

客観的に見たご自身について

「型にハマりたくない天邪鬼で、好きなことは徹底的に掘り下げないと気が済まないですね」

「音楽に関してもコーヒー豆の焙煎に関しても言えることなんですが、とにかく気になることは調べ尽くして、それを自分のスキルや知識として吸収したいタイプです。簡単に言えば天邪鬼だし、いわゆるオタクみたいな性格だと思いますね。

小田原では度々土器が見つかっているのですが、小学生の頃、みんながサッカーをやっている傍らで、私はひたすら土器を掘っているような少年でした。音楽のレコードを探す行為も掘る、またはDig(=掘る)って言うんですが、子供の頃から同じようなことをしていたんだなと。

また、型にハマりたくないというか、一般的に当たり前なことを必ずしも正解とするのではなく、なんでも自分で調べ、試してみて辿り着いた価値観を信じたいと思っています。

たとえばDJってクラブで回す時は、お客さんの盛り上がりを見て、そこの雰囲気に合わせるのが基本なんです。だけど、私は求められることを当たり前にやるのがどうも苦手で。だから、自分なりの盛り上げ方を考えて回しているうちにそれがDJとしての私の個性になりました。

オタクってある意味、社会が求めるモノとは関係なく、無責任に自分の興味を追求することだと思うんです。しかし、それを突き詰めれば、いつか社会のニーズとマッチすることがあります。

一般的に必要とされていないことでも、抜きん出た知識や技術を持てば周囲を納得させる武器になるということですかね。そういう性格は音楽にもコーヒーの焙煎にも活きていると思いますね」

ロースターとして最も大切にしていること

「クライアントの要望を聞いて、好みに合うオリジナルのコーヒー豆を生み出すことです」

「スズアコーヒーは祖父の代から卸がメイン。約8割のクライアントは旅館やホテル、飲食店なんです。だから、クライアントの期待に応えることを何より大切にしています。それは代々伝わるスズアコーヒーの社風でもあります。

生豆は農作物なので日々性質が変わります。クライアントが同じ製品を求めても、原料の生豆の質が常に同じということはないんです。そこを焙煎の技術で調整して、お客様が期待するコーヒーを届けるのが私たちの仕事。それは長い歴史で培ったノウハウと言えると思います。

もちろん、常に同じクオリティを再現するために、豆の種類から焙煎の温度や時間など、膨大なデータを蓄積しています。しかし、生きた豆を扱うので、データ通りではうまくいきません。そこから技術と経験を元に人間がコントロールする必要があるんです。

また、私が焙煎をするようになってからスズアコーヒーのメニューは倍以上に増えていますが、それもクライアントのおかげなんです。ターゲットやイメージを聞き取って、そこから好みのコーヒー豆を仕上げるので、新しいメニューはほとんどクライアントの要望から生まれています。

生きた豆と対峙して、環境や季節などを意識しながら、お客さんが喜ぶ均一なクオリティのコーヒーを作ること、それがロースターの仕事の醍醐味ですね」

これからの展望

「コーヒーと音楽のつながりやその楽しみ方を伝えていきたいです」

「近々店舗のリフォームを考えていて、現状は一般のお客さん向けのサービスはコーヒー豆の販売のみですが、ここでコーヒーを提供できるようにしたいんです。コンビニ感覚で弊社のコーヒーを買っていくことができるコーヒースタンドのイメージですね。

オリジナルのコーヒーやコーヒー豆を買うだけでなく、焙煎している様子が見えて、香りも体感できる場所にしたい、さらに、そこでかかっている音楽も楽しんでもらえたらいいなと。

また、2階にセミナールームを作って、この店舗でワークショップを開催できるようにするつもりです。コーヒーの文化や感覚を噛み砕いて伝えて、コーヒーに興味を持つ人が増えてほしいからです。

私はJ.C.Q.A.認定生豆鑑定マスターの資格を取得しているので、検定授業として私のワークショップを受ければ資格が取れるというメリットもあります。また、その中でコーヒーと音楽の繋がりや、その楽しみ方も伝えていきたいなと思っています。

音楽も味も見えないモノなので、その感覚を文字や言葉だけで分かっていただくのはおそらく難しいでしょう。でも、ライブ感があるワークショップであれば、観る、聴く、嗅ぐ、触れる、味わう、の五感を使って感じられるので理解しやすいと思うんです。コーヒーをより深く楽しめる機会を提供していきたいですね。」

人に伝えたい小田原の魅力

「古くから継承され続けている技術が、世代交代によってさらに磨かれていく街だと思います」

「小田原は城下町ということもあって、昔からモノづくりを生業とする人が集まる場所。100年以上続く企業や商店も多く、その中で様々な技術が引き継がれているわけですが、ただ継承されるだけでなく、世代交代を重ねる度に新しい感覚が盛り込まれ、進化していると思うんです。

昔からある仕事は、ニーズとして同じモノを求められているように見えますが、実はやっているヒトたちからしたら、全く同じことをしているわけではないんです。変化する環境の中で常に試行錯誤しているから、技術もレベルアップしている部分が必ずあるはずです。

最近は歴史の深い企業でも30代〜40代の若い世代の経営者が増えています。その世代は、小田原だけでなく外の世界も見て、技術を受け継ぎつつ自分たちの世代の感覚を持ってオリジナリティを出そうと頑張っているヒトが多いんです。それは他の街にはあまり見られない小田原の魅力と言えるでしょう。」

まとめ

取得者が日本全国でも数少ないコーヒーに関する難関資格を取得し、コーヒー焙煎の仕事を生業としながら、いまだにDJとしてプロミュージシャンの曲づくりに携わるなど、ロースターと音楽活動の両面において高いレベルで活躍する鈴木さん。

仕事の話や音楽活動の話などの様々なエピソードを聞いていると、社会で“当たり前”とされる考えは、鈴木さんにとって必ずしも正解ではないようだ。あくまでも自らインプットした知識や経験から、広い視野の中で自分なりの正解を導き出しアウトプットすることに真摯に向き合う性格が垣間見えた

創業時から続く社風を受け継ぎながらも、鈴木さんの強い探究心を持って新しい試みに挑もうとするスズアコーヒーの今後の発信に期待せずにはいられない。