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小麦愛溢れるパン職人

「麦焼処 麦踏」代表 宮下純一さんに聴く

2023.08.30
小麦愛溢れるパン職人

小田原市江之浦の山道の途中に位置する「麦焼処 麦踏」。車でないと行けない不便な場所にありつつも、棚はいつも予約のパンで埋め尽くされ、14時には完売してしまうという大人気のパン屋である。そんな麦踏のオーナーの宮下さんはどんな人なのか。パン作りへの想いに迫る。

今に至るまでの道のりとは?

「ウェイター、板前、和菓子職人、ケーキ職人…
行きついた先がパン職人だったんです」

「料理に興味を持ったのは、小学校の家庭科の調理実習で褒められたことがきっかけですね。そのうち家でも料理をするようになって、親や周りも褒めてくれて。自分が作ったものを誰かが食べて喜んでくれたら自分も嬉しいし、もっと喜ばせたいと思ったんですよね。

でも、社会人になってすぐにパン屋を目指したわけではなくて、和菓子の職人をしていたんです。和菓子に練り切りってありますよね、雑に言えばあんこであんこを包んだ細工菓子です。味は一緒なのに、形を変えることで季節感を表現できる。そんなところがおもしろそうだなと思ったんです。

それまでレストランのウェイターや板前をやっていたのですが、和菓子職人になって改めてわかったことは、自分は大人数でなにかやるよりも、少人数で作業しているような環境が向いていましたね。

そこで3年働いて、他のお店も見てみたいなと思いまして。自分の性格上、思い付きで動いてしまうタイプなので、辞めてから就職先を探し始めたんですけど、小さなお店だと就職できるところがなかなか見つからなくて。

じゃあ他に和菓子の経験を活かせるところがないかと考えて、パンだ!と思ったんです。和菓子って繊細な細工菓子はごく一部で、大福やお饅頭、オーブンを使って焼き菓子などもつくったりすることが多くて、その技術が役立つんじゃないかと思ったんです。

そしてパン屋に就職したのですが、人手不足もあり1年ほどでケーキ部門へ応援に行くことになり、気付けば3年間ケーキや焼き菓子をつくっていました。そこでは和菓子とはまた違った学びもありました。食材での季節の表現であったり生クリームの立て方や生地の仕込みでの『空気』の扱いが上手いんです。

パン部門に戻って1年くらい経ったころ、また別のお店で新たな経験がしたいなと思い退職しました。ちょうどそのころ、良品計画のカフェで扱うパンを冷凍生地から、粉から生地を仕込むスクラッチに切り替える話があり、おもしろそうだなと思い就職し2年ほど働いていました。

そのあとは箱根の『むぎ師』というお店で最後の修行を始めました。実は面接の時点でお店の閉店が決まっていて。でも、そこのパンは見た目が美しくて、今までの自分にはない方向性を持ったお店だったので、ここで働きたいと思ったんです。

そのころに小麦の製粉も手掛ける『ムールアラムール』の本杉さんと出会って、小麦に興味を持ち始めて。パン職人なのに小麦について何も知らなかったんだなと、改めて気づかされました。その繋がりもあり農業の研修を受け農家資格を取り、自分でパンをつくるための小麦を育て始めたんです。そうして自分のお店『麦焼処 麦踏』を2018年にオープンしました」

客観的に見て、自身はどんな人?

「運がいい人ですね。たまたまの連続が今に繋がっているんです」

「ひとことで言うなら自分は運がいいんです。何かやりたいな、と思ったときに自然と良い人が寄ってきてくれるんです。たまたまの連続が今に繋がっていると思っています。

昔から楽観的ではありますね。細かいことは気にしないですし、楽しまないと損じゃないですか。とりあえずやってみて、合わなければ距離を取ってもいい。経験値を貯めて、ある時それが役に立って、また次に繋がって。ゲーム感覚で生きています(笑)

小麦に一切興味がなかった自分が農家を始めたのも、小麦畑を見てその美しさに単純に感動して。試しにやってみようと思ったのがきっかけですし。このお店の縁側が特にお気に入りなのですが、縁側でのんびりパンを食べたいななんて妄想していたら、たまたま物件が見つかったんです」

店主として最も大事にしていること

「今までの経験を活かして、うちのパンが『こたつのみかん』のようになるのが夢ですね」

「今までの経験は生きていると思います。例えば包餡作業ひとつとっても職業ごとにクセのようなものがあって、繊細さでは和菓子職人が一枚上手ですね。直接味に影響するわけではないんですけど、見た目や食感の出し方であったり、そういう細かい技には自信があります。

麦踏のパンの目指すところは『こたつのみかん』なんです。飛びぬけておいしいわけではないけれど、ついつい食べてしまって、最終的に『あぁ、おいしかったな』と思ってもらえると嬉しいですね。

人って味の濃いものや、色々な材料が入っている食べ物に対して、一口目はおいしいなと感じると思うんですけど、食べていくと飽きてしまったり、日々の生活の中には根付きにくいですよね。

だから毎日食べても飽きない素朴な味を目指して、余計なものは入れないし、余計なこともしないのがモットーです。シンプルなパンは粉と水と塩と酵母だけでつくれる。いい材料を使い、製法はシンプルに、でも時間はしっかりとかけてつくってあげると、おのずとおいしいパンはできるんです」

これからの展望

「小麦畑は輝きます。この地域を金色の絨毯で埋め尽くしてみたいです」

「自分は小麦命です(笑)これからは自分で育てた小麦を、このお店で全ての加工をできるようにして、パンづくりを一から自分でできるようにしていきたいですね。

そしてゆくゆくは小麦バンクという仕組みをつくりたいんです。地域の方に小さい面積でもいいので小麦を育ててもらって、収穫した小麦は一部は粉としていつでも引き出せて、残りは製粉代としてお店で使わせていただくとか。

これができれば、耕作放棄地の改善にもなり、江之浦を見上げた時に金色の小麦の絨毯が見られるようになります。自分が感動した風景をここでつくりたいなと思っています。

ひとりで全部やることはできないけれど、少しづつみんなでやればできると思っています」

人に伝えたい小田原の魅力

「何か始めようとしたときにちょうどいい場所」

「小田原の人はほどよくお節介。自分が最初に小田原に来たときは、少し排他的な空気は感じつつも、いざ中に入ってしまえば、いい意味でお節介な人たちがいる街でした。

自分はみんなでわいわい飲み会とかをするのはあまり好きではなくて、やりたいことだけしたいタイプなんです。結構わがままなんです(笑)。小田原の人たちはそういう距離の取り方が上手くて、ちょうどいい感じに応援をしてくれるので居心地がいいんです」

まとめ

年末年始関係なく火曜日、水曜日以外は毎日営業し、店休日はトラクターにのって小麦を育てているという宮下さん。「ここにいることが好きだし、トラクターに乗っているのも楽しいんです」と笑顔で話す姿は、とてもかっこよく充実しているように見えた。

運が良くてここまでやってこられたと話していたが、人を寄せ付ける魅力を持ち、今までの経験を全て今に繋げていることこそが宮下さんの力なのかもしれない。

「自分が楽しいと思うことをやらないと損じゃない?」と話す宮下さんの周りでこれから起こる出来事に関わってみたいと思うほど、今後の動向から目が離せない。