江戸時代から続く味噌蔵、加藤兵太郎商店の跡取りとして生まれながら、継がない道を歩もうとシステムエンジニアとして働いていた七代目加藤篤さん。30歳の時のあるきっかけから家業を継ぐことを決心する。何が彼をそうさせたのか。覚悟を決めて挑みつづける加藤さんの味噌づくりとは。お話をうかがった。
いまに至るまでの道のり
「最初は『継ぐ』ということから逃げてたんです」
「7年半普通に社会人やってたんです。7年半は普通に会社員でした。家業を継ぐ予定はなく、システムエンジニアとして、今とは全然違う仕事をしていました。継がない理由として説得力があるほうがいいと思って、一般の人も知っているような大企業で、かつ説明しやすい仕事を選びました。
私の親父は『家業を継げ』と口に出して言ったこともなかったし、むしろ『自由にいきなさい』と言っていたんです。
私自身も味噌屋をやっていくことが大変なことはわかっていましたから、『自分の家族を持つなら継がないほうがいい』と思っていました。
でも、私が30歳ちょっと手前くらいの時におばたちが亡くなって。おばたちはよく継いでほしいといっていたんですよね。小さい頃はそれがプレッシャーだったんですけど、いざ亡くなってしまうと『無念だったかな』と思ったりして。そして父までが葬式の酔った勢いで『本当は継いでほしい』みたいなことを言い出して。
決定的だったのは、当時結婚が決まった方に『継いだほうがいいよ』っていわれたことです。結婚相手や子供に大変な思いをさせたくないから継がないって思ってたのに、彼女にそう言われたら避けていた理由がなくなっちゃいますよね。
自分も30歳手前で責任のようなものも生まれていたし、いろんなことが重なって決断したという感じです」
客観的に見て、自身はどんなヒトなのか?
「合理的な考え方をするタイプですね」
「うちは木桶で熟成させる方法を続けています。私は正直にいうと、合理的な考え方をするタイプで、同じ味に仕上がって効率よくできるなら木桶じゃなくてもいいんじゃないって考える人間です。
でも、実際面白いことに、木桶を使っている蔵同士の味噌を食べ比べるとですね。うちの蔵の味とほかの蔵の味が結構違うものになっているんですよね。
正直、なんで違いが生まれるのかとかわかってないことも多いんですけど、やっぱり木桶なんだよなって感じざるをえなくって。
ここを無視するのはちょっと道理に合わない。老舗の味噌屋として面白くないので、木桶仕込みは続ける方が良いって考えに至りました。」
これからの展望
「味噌の間口を広げていきたいですね」
「毎日、味噌を食べてほしいと思っていて。誰でも手に取れる価格帯を維持していって、ぱっと味噌が足りなくなったときに、思い出してくれるのが「いいちみそ」であってほしいんですよ。
私が入社した後に「いいちみそ」のパッケージデザインも刷新しました。それも味噌の間口を広げていくために必要だと考えたからです。
常連のお客様には最初は見慣れないデザインになって店頭で見つけにくかったなどという声もいただいたのですが、いいちみその味に親しんでいただいている方はきっと探して買ってくださると思っていました。
それよりも、新規のお客様に私たちの味噌を知ってもらわないと味噌づくりに未来はないなと。なので、パッケージは誰もが受け入れられそうな、ちょっと可愛いけどかっこよさも残っているデザインを追求しました。
いままで「いいちみそ」を買ったことがない方でも、『パッケージのデザインをこだわっている会社が作っているのだから、味噌もこだわっているに違いない』と思っていただけるのかもしれません。新しいお客様が試しに買ってくださることが増えました。
それから、味噌の新しい世界も広げていきたいです。山梨のジェラート屋さんとコラボして味噌のアイスクリームを作ったりしています。こうして味噌とお客様の出会いを増やしていきたいです」
人に伝えたい小田原の魅力
「小さい頃に少しも魅力に感じなかった場所が、こんなお宝みたいに見えるなんて」
「私は山が好きなんですけど、子供が居るならば魅力的なのが諏訪原公園。大雄山線の飯田岡駅から歩いて行ける大きな公園なんですけど、足柄平野が見えるし、奥に上がっていくと登山道もあります。
それから、私は毎日田舎道をランニングしてるんですけど、道沿いに何カ所も野菜の無人販売があって。すごく好きでしょっちゅう買ってるんです。幼いときは小田原に海も山もあることに何の価値も感じなかったんですけどね。都会暮らしをして戻ってくると、このことを言ってたのねって。
今お話ししたところは自宅からすぐのところにある場所でして、足をのばせばもっともっといろいろあります。まあ、年のせいかもしれないですけど、小田原にはいいところたくさんあるなって感じています。」
まとめ
1300年以上前から愛されてきた日本のソウルフード味噌。味噌に対するこれまでの固定概念の壁を壊し、味噌の新しい可能性を広げるチャレンジはまだまだ道半ば。そんな加藤さんのつくる伝統的な木桶仕込みの味噌も、斬新な味噌ジェラートもぜひ両方味わっていただきたい。