小田原市の北部で約45年のあいだ、家具職人として活躍してきた安藤和夫さん。彼は常に自分のあり方、そして自分がつくり出すモノの意味を自問しながら歩んできたという。今回はそんな安藤さんがいまに至るまでの経緯、そして彼が家具づくりを通して追求する「現代の和風」とは一体何か、お話を伺った。
いまに至るまでの道のり
「昔も今も自分のあり方や作品のあり方を追求し続ける日々です」
「幼い頃から美術に関することに興味がありましたね。私の父は日曜大工が趣味でして、その影響か私も工作が好きだったんです。将来は漠然と美術や建築系の仕事をしたいと思っていました。
そんなことを思いつつも、学生時代は美術とは離れてバスケットボールに励み、神奈川県大会で優勝するほど打ち込みました。ところが私の学生時代の日本は安保闘争の真っ只中でして、その渦中に飲まれていくにつれ、次第に『私自身が社会とどう関わっていくのか』を真剣に考えるようになっていったんです。
社会を知るために港湾労働などの様々な職業に就いて多くの体験もしましたね。そんなこんなで、ふと気が付けば21歳。その頃から美術への興味が再燃し、東京にある美学校への入学を決めたんです。そこで彫刻を4年間学ぶことになるのですが、それはそれはとても厳しい修行が続きました。たとえば刃物の研ぎ方の授業では、とにかく手がボロボロになるまで徹底的に技術を打ち込まれましたよ。
アーティスティックな作品をつくり続けた在学中でしたが、ゆくゆくは経済的に自立しなければいけないと漠然と考えていました。そこで趣味でつくっていた椅子づくりを生業にしようと決心し、家具職人になろうと思ったんです。
そうして卒業後は横浜市にある家具屋へ入社。数年間の修行の後に、今度は横浜の元町にあるクラシック家具の老舗「竹中」へと移ったんです。そこでさらに4年間修行を重ね、木漆工芸家の元で漆を学びついに独立。まずは横浜に工房を構えて注文家具屋としての始まりを迎えました。その後にここ小田原市へ移り、米倉を改修してつくった工房で家具屋を営み、今に至ります」
客観的に見たご自身について
「常に目的を持ち、それを達成するために切磋できるタイプだと思います」
「家具店での修業時代のことでした。私は最初から独立することを決めていたので、最短ルートで技術を身に付けたかった。
ただ、当時の職人の仕事は『受け取り』とよばれる請負制で、ひとりの職人が完成までの一切をさばいていくことが基本。質の良い物を『最短』でつくり、次の注文を獲得しようと必死なので、当然新人にわざわざ技術を教える時間なんてとってくれないわけですよ。
だから先輩に教えてもらうのではなく、3年間下働きを続けました。ひとつひとつ教えてもらえたほうが早く技を習得できた気になれたかもしれませんが、結果的にはそうでなくてよかった。先輩の技術を盗むつもりで見ながら、自分で手を動かしながら学んでいく。うまくいかないことがあれば自分で考えてね。でもこうして得たものは学びの質が高かったと思うんです。
その後、自分も『受け取り』を志願するのですが、結局のところ全く歯が立たなかったんですよ。その時はじめて先輩職人がどれだけ研鑽してきたのかを思い知りまして……。そこからは更に1年間必死に努力をして、ようやく一人前の職人として認められることができました。
で、この時のスタンスと行動パターンはいまもまったく一緒なんです。
目的を設定したら、それを実現するためにたとえ遠回りしてでも確実に達成できる道を選ぶというのが私という人間なのかもしれませんね」
創作家具屋として最も大切にしていること
「自分にしかできないこと。それが一番大事ですかね」
「私がつくる家具は学生時代に、時代の空気であったコンセプチュアルアートの影響を色濃く受けているんです。結果として、家具としての機能性だけを追求するのではなく、もっとアート寄りのコンセプトを紡ぎ出してカタチにしているわけなんです。いわゆる『アーツアンドクラフト』ですね。
たとえばテーブルをつくるとして、そのコンセプトが『和の空気をつくるモノ』と決めた場合、何もない空間の中にそのテーブルが存在するだけで『和』を感じられるように設計していくわけです。毎日の生活でつかう家具自体もアートとして成立させると、より暮らしが充実するんじゃないかと思っているんです。
そしてもうひとつ。既成概念に囚われない家具づくりも意識しています。先日『厨子』をつくった際も『伝統工芸の世界でいう厨子には屋根が付いているべき』という既成概念に疑問を呈して、華美な装飾を一切ふくまないシンプルなモノとして完成させたんです。いままでいろんな経験をしてきたからこそ、自分だからこそできることに挑戦していたいですからね」
これからの展望
「今後も追求し続けるのは、この時代に合った『現代の和風』です」
「現在の日本人の生活様式って和があって洋があってと、いわば名前のない様式なんだと思うんです。そういった現代において、家具職人として私が出来ることは何か、私がすべきこととは何か、を考えた時に『現代の和風』をつくり出すことなんじゃないかと気づいたんです。
つまり、数十年後、数百年後に今の時代を振り返った時、〇〇様式という名前が付いているような新たな様式をつくり出せたら嬉しいなと。後の時代に『あのスタイルがいいよね、あのスタイルこそが世界に通用するよね』と言われるような家具をつくっていきたい。そういった気概で家具を作っていきたいと思っています。
私の考える現代の和風とは、これまでの和風を否定するものでは決してありません。外国から日本にきた人が京都や鎌倉を訪れたときに、美しいと思われるであろうものを心に書き留め、そこから学んで新たな家具に落とし込んでいく。これまでの和風を自分なりに解釈した上で、新たな和風を表現していきたいですね」
人に伝えたい小田原周辺の魅力
「日本の縮図ともいえるぐらい、バランスよくなんでもあるところですかね」
「実は私には夢というか、やりたいことがありまして。学校をつくりたいんですよね。それは農業や漁業などの第一次産業を必修にして、日本の社会全体の構造を理解できるような学校ですね。そして午後には具体的に家具・陶芸・左官など、美術・音楽のジャンルの専門知識を身につけていく。それができるのは、海山川のあるこの地域なんです。そんなことを考えながら、未来の時代に何が残していけるのか模索していきたいと思っています」
まとめ
交わされたすべての会話には、知識があり哲学があり情熱が込められていた。安藤さんご自身で改修したという工房の隅で薪ストーブの火に当たりながらシングルモルトを嗜み、ゆったりと思考を深めていくのだろう。皆様も家具のお話はもちろんだが、この地域で過ごすということの魅力について安藤さんにお話を伺ってみてはいかがだろう。