自らが採取した草木をつかいリースを生み出す赤平千津子さん。彼女のスタイルが、どんな経緯で生まれ、どのような想いでいまにいたるのか聞いてみた。
いまに至るまでの道のり
「実は本格的にリース制作をはじめたのは50歳をこえてからなんです」
「幼い頃から植物が大好きで、若い頃は図鑑を持って山を歩いたり、大学時代は万葉集に出てくる植物を探す研究会に入ったり、結婚後も夫と山を散策したりしていたのですが、仕事として植物に関わったのは50代半ばの頃でした。
自由が丘に本店があった、植物専門のお店が小田原にできまして。珍しい植物やアンティーク家具やすてきな雑貨がセンス良く並んでいてお気に入りのお店だったのですが、お客さんとして通っているうちに店長と知り合いになり、『ここで働いてみないか?』と声をかけていただいたことがはじまりだったんです。
その時は本当に嬉しかったですね。50代半ばで初の接客業、若いスタッフに助けられながらも、好きな植物の仕事は楽しく、私の新たな人生のスタートとなりました。週に数回のアルバイトでしたが、10数年勤めることになりました。
実は、リースづくりをいまのように本格的にはじめたのも、このお店の店長がきっかけだったんです。山でとってきた蔓(つる)や植物でつくったリースをお店に飾っていたら、そのうちにそれを欲しいというお客様が現れまして。店長のすすめでクラフト市にリースを出すことになったんです。
もともと、リースづくりは40代半ばからつづけていたんです。ある日、実家を訪ねると、父が台風で倒れた杉の木を処分しておりまして。まだ青々している枝を見たときに『枯れてしまう前に何とか活かすことは出来ないだろうか』と思い……。ちょうどクリスマス前の時期でしたので、それを使ってたくさんのリースを作り、みなさんに配ったところ、大変喜んでいただき毎年つくっていたんです。
話は戻りますが、クラフト市に出展している中、思いがけないご縁で以前から大好きだった群言堂(世界遺産になっている石見銀山に本店がある地方創生の先駆者的な存在)の湘南Tサイトのお店で個展をさせていただけることになりました。素晴らしい、勿体無いようなお話で夢をみているようでした。
その後、翌年も再び湘南Tサイトで。さらに日本橋のコレド室町、上野のお店と展示させていただきました。それから、小田原、箱根、茅ケ崎と、群言堂以外のさまざまな場所でも展示をさせていただく機会をいただきましたが、いまもこうして活動ができているのは、群言堂での展示があったからと感謝しています」
客観的に見たご自身について
「目の前のことを一生懸命に、人とのつながりを大切にしてきたことで自分の道にたどり着くことができたように思えます」
「実は私、大学を卒業してから周りのすすめもあり、母校で教師をしていたんです。出産を機に学校を辞めたあとは、自分のすすむべき道をさがし、いろいろなことに挑戦しましたが、知り合いに頼まれてはじめた塾をつい数年前まで続けていました。
教えるという仕事は自分で積極的に選んだ道ではありませんでしたが、目の前のことを一生懸命やってきたところ、たったひとりで30年以上つづけることができ、とても誇りに思っています。
まわりの人たちには何でも挑戦する活動的な人と見えたかもしれませんが、私自身は自分の道を模索してさまよっていたのだと思います。いま振り返ると『いかに生きるか』とか『何に向いているのか』をずっと考えつづけてきた人生でした。
そんな中、人生の半ば、思いがけない形で好きなこと、やりたいことが見つかったことは本当に良かったです。考えてみれば小さな頃からいつも身近にあった植物たち。
無我夢中で走っていた若い頃にはまわりの草花に気づく余裕さえありませんでしたが、『一日一生』『一期一会』という言葉に支えられ、目の前のことを一生懸命に。人とのつながりを大切にしてきたことで自分の道にたどり着くことができたように思えます」
作家として大切にしていること
「草花が本来持っている、姿・形を大切にしています」
「自然の魅力を生かし出来るだけ作り込まないような作品作りを心がけています。そしてその作品が長く楽しんでいただけるよう、材料づくりから制作まで丁寧に心を込めています。
自然の中の植物は人間が作り出すことのできない色や形をしているんです。リースを制作する時は、厳しい環境の中で太陽の光を求めて生き生きと育つ姿や、誰にも見られることなく薮の中でひっそりと花をつけ、いずれ朽ち果ててしまう草花を、なんとか形にして残すことはできないだろうかということをいつも考えています。
そのような想いでいますから、つくり出すのではなく、自然の植物のあるがままの形を大事に、ちょっと手を加えて飾れるようにまとめているという感覚なんです。材料となる植物は私自身が野山や道端で採取したものですが、植物の一番良い時期に採取したいという想いもあり、何ヶ月もかけ同じ場所に幾度も足を運ぶこともありますね。
それらはお店で売っているものと違って、汚れていたり傷んでいたり、虫に食べられていたり、蜘蛛の巣がはっているものがほとんどなんです。これらをきれいに取りのぞき、蔓(つる)や実など虫の心配のあるものは熱湯に通し、しっかり乾燥させ材料にしています。その上でひとつひとつの形を活かし制作するというのが私のやり方ですね」
これからの展望
「自然のメッセンジャーとしてできる限りこの活動をつづけられればと思っています」
「山や森は日常では知ることのできない美しさに溢れ、その自然の中では植物だけでなく、たくさんの生き物が懸命に生きていることがわかります。そんな様子を見て人間も植物も動物も同じ地球上に生きる仲間だといつも思うんです。
そして、長い間ずっと自然を見ていると、ここ数年だんだんと小田原の山々の元気がなくなっていることがわかるんです。地球温暖化や自然災害だけでなく、開発のためにたくさんの木が切られたり、その一方で山の管理がされず、足を踏みこむこともできないくらいになったり。
私の作品は自然の中で出逢った美しさをそのまま表現しようと努めているのですが、そういった現実も伝わったらいいなという想いもあるんです。リースを手に取ってくださった方が少しだけでもよいので自然に興味をもってくれたら嬉しいですね」
人に伝えたい小田原の魅力
「私を育んでくれた豊かな自然が一番素敵なところだと思っています」
「歴史ある城下町小田原は海や山もあり気候も温暖で住みやすく、自然豊かな落ち着いた街だと思います。箱根や熱海、伊豆、湘南、鎌倉などの観光地も近く、東京や横浜まで通勤する人も少なくありません。
最近になって城下町らしい施設が次々と出来て観光客で賑わっていますが、私にとっては小さい頃からずっと見てきた美しい富士山や箱根や丹沢の山々の景色が小田原の魅力だと思います。
そして、私がリース作りを通じて感じるのは、人々のあたたかさでしょうか。材料になる植物を自分ひとりで集めることは難しいのですが、植物をわけてくださる方の支えがあってこそ仕事ができているので。
たまたま通りかかった畑に欲しいユーカリの木があり、持ち主に勇気をだしてお願いしてみました。その方は、心よく枝を採ってくださり、その後もずっとおつきあいが続いています。
このようにして、この地で植物を通してたくさんの人と知り合うことができました。私にとって、それは宝物です」
まとめ
多様な生き方がさまざまなメディアを通して紹介され、「選択肢の自由」という目に見えないプレッシャーにさらされる機会も増えた現代。そんな時代において赤平さんの生き方が教えてくれること。
それは、いまはわからなくとも、まだ見ぬ未来に見つかるかもしれない「自分らしさ」に対する希望。そして、それまでの努力は「結果」だけでなく「プロセス」にも十二分の意味があるという事実だ。
赤平さんは言う。
「たとえばテストで80点をとったとして。精一杯頑張った上での80点と、さほど努力せずにとった80点って全然意味や価値が違いますよね? たとえ結果が100点でなかったとしても後悔のない生き方ができたらなと私自身は思っています」と。