小田原市根府川を活動拠点とする鈴木隆さんは、青磁を製作する陶芸作家である。特に鈴木さんのオリジナルでもある蜜柑灰の灰釉を使った作品は、相模湾の海を思わせる透き通った青色が特徴で、国内外の多くのファンを魅了している。35歳を転機に陶芸家へと転身した鈴木さんの素顔とは?
いまに至るまでの道のりとは?
「焼き物は趣味ではじめたのがきっかけなんです」
「工房のある場所は元々蜜柑小屋として使われていて、親の代まで蜜柑農家を営んでいました。今でも蜜柑の畑は少し残っていて、枝葉を燃やして灰釉として使っているんです。
焼き物には学生の頃から興味があって、当時は見ているのが好きだったんですよね。本格的にハマりだしたのは、会社に勤めながら趣味として陶芸教室に通いはじめた27歳頃でした。自分でなにか作ってみるのが好きだったこともあり、どんどんその世界に魅了されていって。
その後、会社員を辞めるなら35歳までと自分の中で決めていたこともあり、2000年に会社を退職し陶芸家になることを決意したんです。ほとんどの陶芸家は、師匠について技術を身に付けるのが一般的ですが、私は一般の方が参加する陶芸教室でしか学んでおらず、自分なりの試行錯誤を重ねていまに至ります」
客観的に見て、自身はどんなヒト?
「人と違ったことを選択し続けることが、私の個性ですかね」
「子どもの頃から『みんなと同じ』というよりは『人と少し違ったもの』を好んでいたように思います。みんながAを選ぶなら、私はもう一方のBを選ぶ、そんな風に物事を選択していましたね。
学生の頃は職人というものに憧れがあって、物の構造や仕組みを紐解いていくことが好きでした。製品に対する『これはどうやってできているんだろう?』『こうすれば自分で作ることもできるかな?』といった探究心は、今思えば遊びの中で自然に覚えていたような気がします。
それは今も変わらないんですよね。だから焼き物もほぼ独学ということもあってか、自然と他の作家の方とは被らない作品になっているのですが、それはそれで私らしいかなと満足しているんです」
職業人として最も大事にしていること
「決められた枠の中に自分や作品をはめ込まないこと」
「作品には最低限の役割を持たせていますが、ジャンルなどのテイストや使用用途はあえて明確にしていないんですよ。和や洋などといった既存の概念の中に作品をはめ込みたくないのと、持ち主が使いやすいように使えるように、最終的な用途は持ち主にゆだねたいんです。
その方が、作品の可能性が無限に広がっていくと思うんですよ。そうやって様々な使い方をしてもらえると、使ってもらえる機会も増えて嬉しいですよね。そんな思いを持って作品をつくっています。
ちなみに、作品の裏側に釜印がありますが、これは趣味で焼き物を作っていた時から使っていた『ピースマーク』がモチーフになっているんです。陶芸を生業にする際、何か新しい釜印を考えようとも思いましたが、この作品がある場所が平穏で豊かであって欲しいという思いは当時から変わらないので、今でもこうして使っているんですよ」
これからの展望
「頭の中で描いているものを形に残していきたい」
「陶芸って自分で思った通りのものや、こう作りたかったというものには絶対なってくれないんですよね。それが悔しくて、だからずっと続けているんですよ。
なので、より一層頭の中で描いたものを形に残していきたいという気持ちが強くなるんです。いままでは花器や茶器などの用途があるものを中心に作ってきましたが、これからは用途のない造形物を新たに作ってみたい気持ちがあります。それがどういう形で作品となっていくのか、私にもまだ分かりませんが、頭の中にはずっと昔からあるんですよね。
それから、趣味で陶芸をやっていた頃の私は、周りに陶芸家になると言い続けていました。頭の中で描いている『なりたい姿』や『やってみたい気持ち』はあえて周りに言うと、自己暗示がかかったように実現していくんですよね。だから、やりたいことって口に出した方が良いかなって思うんです」
ヒトに伝えたい小田原の魅力
「都会に近い田舎が自分に合っているんです」
「小田原市根府川という場所は、私の出身地であるせいか自分と波長が合っているように思います。都会に行きたい時でも日帰りで行って帰って来られる気軽さが一番の魅力でしょうね。
都会から2時間も移動すれば海と山のある『適度な田舎』が私にはちょうどいい。工房から相模湾を眺めることができますが、この景色だけでも充分だと思ってしまいます。
それから小田原の近くには様々な美術館があることも特徴ですよね。私も時々鑑賞しに伺いますが、ふらっと立ち寄った先で芸術に触れられるということはこの土地ならではないでしょうか」
まとめ
もともと陶芸は趣味の範囲で楽しんでいたという鈴木さん。ものづくりが好きという気持ちから、陶芸を「趣味」としてではなく「プロ」として技を極めていった姿が印象深く残る。鈴木さんの作品づくりには、決められた概念の中に自分や作品をはめ込まないという「揺るがない軸」があるからこそ、見る人を惹きつけていくのだろう。
同じ作品でもそれぞれが持つ表情や僅かな色の違いをぜひ感じとってみてほしい。光りの加減で天然石のように輝く、鈴木さんの釉薬による表現を手に取って楽しんでみてはいかがだろうか。