料理人として成功していた道を去り、新規参入がほとんどない茶業界に足を踏み入れ、茶師として新たな挑戦に臨む佐々木健さん。
茶葉本来のおいしさを引き出すための独自製法「十二微細分類製茶法」を開発。史上初めて世界緑茶コンテストで二度も最高金賞を受賞するまでのぼりつめた。佐々木氏に茶業界再興への意気込みを聞く。
いまに至るまでの道のり
「料理人だった私に『あなたの感性のお茶を飲んでみたい』というお声がかかりました」
「私はもともと料理人でした。大学卒業後に調理師になり独立。中華料理屋を何店舗か経営するほどまでに成長していたのですが、ある時、製茶メーカーの社長から、『あなたの感性で仕上げたお茶を飲んでみたい』とお声をかけていただきまして。
実際に茶畑や生産工場に下見に行ってみると、茶葉の扱いに驚きました。茶葉も玉ねぎやジャガイモのように料理の中での"素材"なはずなのに、扱いが少々荒いといいますか。『なんでこんなふうに扱うのだろう』『もっとこうしたら、茶葉のよさが活きるはずだ』という感情が沸いてきたんです。
お茶業界のことを調べてみていくと、なかなか難しい状況でした。ちょうどその頃、新しい分野で何かしてみたいと思い始めていたこともあり、だったら自分が今までにないものをつくってみようと思い、茶業界に転身したのです。
そして、2006年には喫茶文化発祥の地である鎌倉で日本茶専門店をオープンさせました。そこでお出ししたオリジナルの水出し緑茶が美味しいと言っていただき。その後、自社茶畑の生産や販売などを行う『茶来未(ちゃくみ)』を立ち上げました」
客観的に見たご自身について
「『視野が200度以上だよね』と仲間からは言われますが、その通りかもしれません」
「お茶の世界だけでなく、これからの未来を考えていくためにも、現在起きていることを正しく理解することや、過去から学ぶことを大切にしています。実は社長仲間に、独自の経済予測レポートをつくって月に2度か3度配信しています。これが当たると評判で(笑)。
私たちはお茶をつくるだけでなく、直営店でも売っていますし、ほかの店に卸すこともしています。今では茶葉やお菓子メーカーなどに卸してもいるので、マーケットで何が起きているかというリアルな動向が入ってきやすいのです。たとえば、コンビニや地元のケーキ屋さんのどちらにお客様が動いているかなどが私には分かる。お客様が今どんな価値を求めているのか、今後こうなっていくだろうなという予測ができます。
加えてニューヨークダウマーケット、ナスダック、先物、原油価格、ビットコインなどの定量データも毎日必ず押さえています。こうして様々なデータを自分なりにまとめているんです。
自分の知らないことを知っている人は先生だと思って、年齢に関係なく様々な人から意見を聞くのも好きです。SNSの音声アプリ『Clubhouse』を夜中にやるんです。そうすると、海外にいる人の話も聞けるじゃないですか。
子供のころから本を読むことも好きで、小学生の時にビジネス書を読み始めて松下幸之助さんや渋沢栄一さんの本、クライスラーの創業者の本など全部読んでいました。とにかく何でも追求していくタイプなんでしょうね」
茶師として最も大切にしていること
「お茶って実はおしゃべりなんですよ。自己主張も強い。
だからちゃんとお茶の声を聴きながら焙煎してあげて、美味しく仕上げなきゃならない。」
「茶葉本来の力を引き出そうと試行錯誤を重ね、『十二微細分類製茶法』という製法を生み出しました。
茶葉は同じ茶でも芽、葉、茎など部位によって違いがあります。養分をたっぷりと蓄えていて味が濃いところ、味の主張が少ないところ、苦みがあるところという具合に個性があるので、それによって焙煎の仕方はかえるべきと考えたんです。
通常は収穫された茶葉の大きな葉や茎などをまとめてひとつの窯に入れて焙煎していきますが、私は葉や茎などを12の部位ごとにわけて、ひとつひとつの特徴を観察し、それぞれ火入れをします。
例えば、カレーライスをつくる時、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、豚肉などの具を同時に鍋にいれることはしませんよね。火が通りにくいものから順番にいれていくはず。それと同じです。そうすることで、茶葉それぞれの特徴や個性、味のポテンシャルを最大限に引きだすことができます。
そして大事なのが最後の調合。別々に焙煎した茶葉の個性をいい塩梅にあわせていくんです。ここに私が調理人として鍛えてきたセンスが生かされていると思います。
日本茶は古来より私たちの身近にあり、地域産業のひとつでした。しかし、茶業界をとりまく環境は厳しいものがあります。日本茶を茶葉から急須で入れることが減ったため売れない、後継者がいない、放棄茶園が増えている。そういった課題を解決するためにも、商品力のあるお茶をしっかりつくることが大事です」
これからの展望
「茶畑を残すために、その土地ならではの茶葉の可能性を探っていきたいですね」
「茶葉は畑の土壌や木の年齢、品種などにより味が異なります。この畑でできた茶葉をこの茶師が焙煎したからこその味というのがあるんですよ。
ワインのシャトーの概念といえばわかりやすいでしょうか。シャトーは仏ボルドー地域のブドウ栽培から生産まですべて手掛ける醸造家のことですが、「シャトー・オー・ブリオン」や「シャトー・マルゴー」など有名なシャトーのワインは価値が認められますよね。
だから、このシャトーに近い考え方を茶園にも活かそうと思い、神奈川県松田町寄(やどろき)にある畑で我々が栽培して製茶したお茶に、『丹沢大山茶』というブランド名をつけました。
お茶って生産者の顔が見えづらい。ずっと気になっていたんです。ブランド化することで、“この”お茶を飲んでみたいと思ってもらえるようになるわけです。そうすることで茶園の価値を上げるきっかけとなり、農家を救うことができます。
また、先端技術を使ってお茶のさらなる可能性も広げたい。例えば、日本の茶の歴史は805年に最澄っていうお坊さんが唐からお茶の種を持ってきたっていうのが日本古記に書いてあるんですが、当時は団茶っていう薬でした。
私は茶が薬としてまた活用されるような時代を作ろうと思っています。しかも団茶よりもすごいやつ。最先端の乾燥技術を使って、火入れせずに生茶の成分をそのまま摂取できるようなサプリメントとかをつくったらいいなとかね。
茶業界を復活させるには、飲むお茶ではないマーケットを作るくらいの意気込みじゃないとだめなんです。
このようなことをして茶畑を残していきたいんですよね。話は少しずれちゃいますが、茶畑は山で暮らす動物たちと人々の境界線としての役割もあります。クマも鹿も茶は食べないんで、山からおりてきても茶畑でとまる。自然を守るためにも新しい価値を創造し、お茶の価値を上げていくことで自然を残していきたいですね。常にワクワクしながら、新しいマーケットをつくるための準備をしています。」
人に伝えたい小田原の魅力
「地域の魅力を一言でいうならば、人の温かさと豊かな自然です」
「地元ではない僕のような新参物に快く畑を貸してくれたり、様々なことを教えてくれました。これってすごくないですか。日本茶業界はただでさえ新規参入者が少なく、保守的な部分が多いのです。なのに、まず受け入れてくれた。温かさを感じます。今は、生育の良くない畑の農家さんが栽培方法を聞きにくることもあります。互いに学びあい向上していくのは楽しいですね。
“ちょっと寄ったよ”と店舗にいらした地元の方にお茶を淹れつつ、様々なご意見をうかがう時は楽しいひとときです。地元の人に愛され、飲んだ時に、丹沢・大山の風景が浮かぶようなお茶をこれからもつくっていきたいですね」
まとめ
オーナーシェフとして成功していたのにもかかわらず、お茶業界にゼロから挑み、革新を起こし続ける佐々木さん。往々にして新たなことに挑戦することには、多くの犠牲やコストが必要になることから尻込みしてしまいがちだが、佐々木さんは常にそれを楽しんでいるように見える。
理想を高く掲げ、準備ばかりしていないで、進んでみること。佐々木さんとお話していると、「やってみよう!」と勇気が湧いてくる。