NPO法人として創作活動を通して障がいがある方の社会支援を行う「アール・ド・ヴィーヴル」。代表である萩原美由紀さんは、どのような思いからこの施設を立ち上げ、運営しているのか。また、どのようなヒトなのか、施設を訪れ取材した。
いまに至るまでの道のりとは?
「障がいのある方がやりたいことを実現できる場所を作りたかったんです」
「私が障がいについて考えるきっかけになったのは、26年前に生まれた息子がダウン症だったことからです。当時は、地域の診療所にダウン症の専門医はみつからず、毎日の子育てに戸惑うことが多く、悩むこともありました。あるとき、小児科医から地域にあるダウン症児と親の集まる会があることを教えていただき訪ねたのが、活動の母体となる「ひよこの会」でした。
ひよこの会では療育の専門家を招いて、保護者が知識を深め、一方では障がいに対する理解を深めてもらえるよう啓発活動を行ってきました。ダウン症の赤ちゃんは出生1000人に1人の割合で生まれ、県西地区でも毎年2人くらい生まれています。健常者と同じ事はできないかもしれませんが、彼ら彼女たちしかできないことでつながれる社会になればいいなと思っています。
当時から、ダウン症のある方が成人した後、どんなところで働くのかを知りたくて、多くの障がい者施設を見学しました。あるとき、アートを仕事にしている施設に出会って、とても明るい印象の施設で、自由な発想で創作されていて、ご自身の作品に自信を持っているのが伝わってきて嬉しかったのを覚えています。私もこういう場所を作りたいと強く思いました。
その後、現在の活動になくてはならない人との出会いがあったんです。それは都内で行われていた障がい者と健常者のアート展で、その展示に自分の概念を変える衝撃が走りました。健常者も障がい者もアートの世界では同じということ。そのキュレーターが、現在アール・ド・ヴィーヴルのアートディレクターを務める中津川浩章さんだったのです。そしてなんと、中津川さんのお住まいが小田原でご近所さんだったのです。
中津川さんは画家でいらっしゃいますが、20年以上前から、障がい者施設でのアート支援に関わられている方でした。創作活動による表現が、障がい者の言葉にならない思いを伝える手段になっていることを教わりました。
そうして中津川さんの協力を得て、2013年にNPO法人アール・ド・ヴィーヴルは船出したんです。ダウン症や自閉症、身体障害などがある人を対象とした多くのワークショップを継続して行い、現在の福祉施設が完成するに至るまでの9年間、障がいがあるからできないと断られたことを全部やりましょうと呼びかけ、当事者と家族のリクエストから、料理、英会話、ヨガ、陶芸、ダンス、旅行など、楽しい体験を重ねていただけるような場所になりました。」
客観的に見て、自身はどんなヒト?
「自分がやってみたいことをとことん追求する、そのための時間は惜しまないヒトかな?」
「障がいのある方の生活を強く意識するようになったのは息子が生まれてからですが、自分の人生を振り返って、自分の個性を発揮して、社会に活かしたいと願って生きてきたと思います。
福祉の仕事をする前は、タレント業をやっていました。自分の能力とクライアントの要望がマッチングしてお仕事をいただくまでには、たくさんのオーディションを受けてきましたね。あらゆる業界の方々とお仕事させていただいたおかげで、ヒトの多様性は肌で感じてきたのかもしれません。
それに30年前の海外では、障がいのあるモデルや女優さん、コメディアン、アーティストたちが活躍していて、クライアントの考えひとつで障がい者が表舞台で活躍していることを知ったんです。
実際、アール・ド・ヴィーヴルは、アート作品を作り出す障がいのある彼ら、彼女らアーティストたちがいなければ成り立ちません。サポートする私含めたスタッフは、黒子に徹しています。」
施設の代表者として最も大事にしていること
「障がいがあっても自分らしく生きられる環境をつくることです」
「アール・ド・ヴィーヴルの目標は、障がいのある方、お一人お一人の夢を実現するため、その可能性を追求するお手伝いと、チャレンジできる環境をつくることです。
そのひとつとして、この施設内には、ギャラリーカフェが併設されています。
このカフェができたのは、利用者の声がきっかけだったのですが、接客してみたい、美味しい手作りケーキを作って提供したい、お客様とお話しする機会がほしい、といった想いを実現する場所として作られたんです。
このように、アール・ド・ヴィーブルはそれぞれの自己実現を応援できる施設でありたいと思っています。」
これからの展望
「アート作品を通じて障がいのある方と社会とのつながりを広めたい」
「アール・ド・ヴィーヴルでは、原画を企業へ貸し出すリース事業、展覧会、著作をデザイン使用する事業などを行っています。
また、原画をデザインしたステーショナリーなどの製造販売をしています。グッズは、かまぼこの里、ちりんちりんでも取り扱っていただいておりますが、グッズを手にされた方が、面白い、見たことない!と気分があがるデザインを心がけています。
作品やグッズを通じて、これってどんな人達が描いているのだろう?と興味をもっていただけたら、障がいのある方達の暮らしは変わると思います。そして障がい者の働き方改革にもつながるかもしれません。」
ヒトに伝えたい小田原の魅力
「ヒトとヒトの距離が近くて温かい関係を築けるところですね」
「都内から小田原に引っ越してマンション住まいだったのですが、驚いたことは同じフロアの方はみんなファミリーのようにヒトとの距離が近いことでした。都内では、隣の部屋の方とは面識がないほど、ご近所の付き合いはありませんでしたから、小田原のマンションは長屋のようなアットホームさがあって、みんなで支えあいながら子育てをしている感覚がありました。
たとえば、同じフロアのお子さんが学校の帰りに立ち寄ってくれたり、留守番しているお子さんがいれば一緒にご飯を食べようと誘ったりしながら子育てしていましたね。時にはお隣さんと『お醤油貸して~』なんてこともありました。
そんな温かい人柄の方たちが多いのは、元々小田原は城下町でいろんな人を受け入れる昔からの文化が根付いているからかもしれません。家族以外の人が我が子を気遣ってくれる環境でしたから、小田原で子育て出来て良かったと思います。」
まとめ
NPO法人アール・ド・ヴィーヴルを立ち上げ、アートを介して障がいのある方への支援を行う萩原さん。フランス語で『自分らしく生きること』を意味する施設名には、障がいの有無に関係なく、ヒトそれぞれが個性を活かせる社会を目指す萩原さんのスタンスが現れているようだ。
アール・ド・ヴィーヴルから生まれたアート作品は、障がいのある方が社会と繋がるツールであり、障がいへの理解を深める貴重な機会にもなっている。ぜひ一度、アール・ド・ヴィーヴルの利用者が創作したアートと向き合い、障がいの枠を超えた自由な感性や表現力を感じてみてほしい。