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対話を通じて完成する特別な一杯

スズアコーヒーの「コーヒー」

2023.06.12
対話を通じて完成する特別な一杯

「コーヒーの豆って生きているんです」。そう話すのはスズアコーヒー3代目、鈴木雄介さん。「J.C.Q.A.認定生豆鑑定マスター」の称号を持つ彼がつくりだすコーヒーには、たしかな焙煎技術だけでなく緻密なデータに裏打ちされた魅力がある。そしてこのコーヒーは「対話」を経て完成されるという。果たしてどういう意味なのだろうか?

そのコーヒーの香りは人々を惹き付けてやまない

1956年に創業したスズアコーヒーは、箱根の観光業の発展とともに歩んできた街のコーヒー店。店頭でのコーヒー豆の量り売りの他に、小田原のカフェや箱根のホテルにオリジナルでブレンドしたコーヒー豆を卸している。
このコーヒーは鮮度が高く、芳醇な香りと味わいの深さが引き立っている。地元はもちろん、都心からのお客様もいるほど、多くの人々に楽しまれているコーヒーだ。またレトロな雰囲気を感じさせるパッケージは、コーヒー豆を卸す先によってそのデザインが異なり、お客様とコーヒー豆が出会う場所によっては、味だけでなく視覚でも違いを楽しむことができる。

一般的に焙煎する前のコーヒー豆は生豆(きまめ)と呼ばれ、コーヒーチェリーというさくらんぼにも似た果実から抜き出されたままの状態のものを指す。「読んで字のごとく『生きている豆』なんですよ」そう話す鈴木さんにコーヒーづくりで大切にしていることについて話を聞いた。

「生きている豆」を正確に扱うことが
たしかな品質のコーヒーをつくる条件

コーヒーの味は生豆の段階から決まるという。生豆のコンディションは常に変化するため、同じ味のコーヒーをつくり続けることは難しいのだとか。お客様のイメージする味を再現するためには、生豆の見極めと焙煎技術、そしてデータ管理の両立が重要だという。

前述したとおり、生豆はその品種や生産地が同じであっても、焙煎後の味や香りは同じにはならない。そのため生豆の状態を精確に見極めることは非常に重要であり、「J.C.Q.A.認定生豆鑑定マスター」の称号を持つ鈴木さんの目が光る。

焙煎では、温度の移り変わりや焙煎にかかる秒単位の変化に対応するための腕が求められる。「お風呂の温度を1℃あげると、結構熱く感じませんか。あれと一緒で、たった1℃の違いも生豆にとってはとても大事になってくるんですよね」。機械を使っての焙煎とはいっても、人力による微細なコントロールは必要不可欠だという。

これらの条件をまとめてデータ化し、イメージを言語化したノートが鈴木さんの手元にはある。データをもとに調整を繰り返し、常に同じクオリティを再現する。鈴木さんのコーヒーづくりには、知識と技術、そして経験を記したデータが活かされていた。

徹底したヒアリングが、その豆をオリジナルたらしめる

「味や香りをはじめとした五感って、記憶に強く作用するんですよ」。創業当時から動き続けているという焙煎機の隣で鈴木さんは語る。コーヒーの香りと味は記憶に結びつき、飲んだ場所を思い出させる特別な一杯になる。オリジナルブレンドのコーヒーづくりには、それだけ大きな意味があるのだ。

お店やホテルからオリジナルブレンドの依頼があった際、まずは徹底的な対話からはじめるのが鈴木さんのコーヒーづくり。味の方向性だけでなく、そのコンセプトや設立に至った経緯や歴史、そしてそこに携わる人々や自然などの多くの情報をヒアリングするという。そうしてつくられたコーヒーは何度もテイスティングを重ねながら、そのお店だけのオリジナルブレンドコーヒーになっていく。

鈴木さんの祖父の麻吉さんもお客様との対話を重んじていたという。時にはお客様の仲人をしたり、時には借金の肩を持ったりするほどにプライベートでもそのつながりを大切にしていたというから驚きだ。そんな創業から変わらぬ対話の姿勢は、これからもスズアコーヒーの魅力として続いていくのだろう。

恩返しからはじまる新たな挑戦をこの地から

「恩返しの気持ちは確かにあるかもしれないですね。本当はコーヒーをつくるのに、場所はあまり関係ないんですけど、自分が育った場所で、そしてスズアコーヒーが育ったこの小田原で、3代目としてコーヒーをつくり続けることには意味があると思います。

それに小田原はさまざまな分野でモノづくりが盛んな価値ある土地。脈々と受け継がれている多くの技術が、今も試行錯誤のくり返しの中で生き残っているんです」。鈴木さんが導入したというデータを活かしたコーヒーづくりも、おそらく多くの試行錯誤の上で成り立っているのだろう。

今後のスズアコーヒーはいままで先代たちがつくり上げてきた実績はそのままに、3代目としての新しい価値を提供していきたいという。それはコーヒー豆の販売に留まらず、コーヒーから生まれるコミュニケーションを大切にする試みだ。具体的には一杯のコーヒーを提供できるカウンターの設置や、コーヒーに関するセミナーの開催を視野に入れているのだとか。

「お客様がご自宅で飲むコーヒーから、本来のポテンシャルを引き出すセミナーなどを開きたいんですよね」。そう話す鈴木さんの口角が上がる。3代目として動き出すこれからのスズアコーヒーに目が離せない。