栄養管理が難しい神経筋・難病の患者さんに対して、魚肉ペプチドを付加することにより栄養状態の改善効果の検証を行った研究論文が、国立医療学会誌『医療』に掲載されました(二木巨悦ほか:魚肉ペプチドが栄養改善に及ぼす効果の検証. 医療 2021: 75(2);117-122)。 この論文の筆頭著者である管理栄養士の二木巨悦先生(研究実施時:国立病院機構箱根病院栄養管理室、論文発表時~現在:国立病院機構新潟病院診療部外科栄養管理室)に、詳しくお話をうかがいました。
体重をコントロールしながら栄養状態を維持していく…神経筋・難病の栄養管理は難しい
――二木先生は神経筋・難病における「魚肉ペプチド」の栄養改善効果を検証したとのことですが、神経筋・難病の患者さんとはどのような方々でしょうか?また、今回の研究はどのような方を対象としましたか?
私が所属していた国立病院機構箱根病院は、神経筋・難病に特化した医療機関です。
神経筋・難病というのは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病、筋ジストロフィー、多系統萎縮症など難治性の疾患で、病気の進行に伴って筋肉が痩せて(筋萎縮)、運動や嚥下(飲み込み)、呼吸がしにくくなるなどの症状が出てきます。
今回の研究では、入院中の神経筋・難病でほぼ寝たきりの患者さんでに、胃ろうから食事を摂る(お腹の孔から胃へ栄養剤を直接入れる)方を対象としました。
――神経筋・難病の患者さんにおける栄養の問題を教えてください。
神経筋・難病は進行性の疾患のため、口から食事が摂れている方でも飲み込みの機能が低下してきます。そうなった場合は食べやすいように食事を工夫すること(小さめにカット、トロミをつけるなど)が必要です。また、病気が進行すると胃ろうからの食事(栄養剤)を検討する必要が出てきます。
食事を口から摂る(経口栄養)場合は、例えばたんぱく質を強化しようとすれば、たんぱく質の多い食品(卵や肉など)を多めに摂るなどで調整ができますが、胃ろう栄養(栄養剤)の場合は食品を組み合わせて摂ることができません。そのため、基本的には栄養剤の量を調整することになりますが、栄養剤を増やすと体重が増えてしまったり、減らすと栄養状態が低下するリスクが高まったりするという問題があります。このように「体重をコントロールしながら栄養状態を維持していく」ということは、神経筋・難病患者さんの栄養管理では難しい問題なのです。
「魚肉ペプチド」は吸収効率が高く、質も高いたんぱく質
――今回の研究で用いた「魚肉ペプチド」の特徴と「魚肉ペプチド」を選んだ理由を教えてください。
魚肉ペプチドは低脂肪高たんぱく質で、たんぱく質の「質」を示す指標がとても高く(アミノ酸スコアが100)、さらに骨格筋のエネルギー源にもなる分岐鎖アミノ酸(BCAA)の含有量も高く、低分子化(ペプチド)されているため吸収効率が高いという特徴があります。
また、箱根病院は魚肉ペプチド(商品名:さっとタンパクⓇ)を生産している鈴廣かまぼこ株式会社・本社の目と鼻の先にあり、小田原市という海に近いという地域性からもたんぱく源として魚を原料とした食品を用いることにマッチングしていると感じました。
――研究では、魚肉ペプチドを用いて1日にたんぱく質10g相当の付加を行ったそうですが、そのように設定した理由を教えてください。
神経筋・難病の一部の疾患では、病期により必要エネルギー量が増加する(代謝が亢進する)という特徴がわかっているのですが、それ以外はたんぱく質などを含め栄養素の摂取基準など明確にあるわけではなく、どの病院でも手探りの状態で神経筋・難病の栄養管理をしているのが現状です。
一般健常人のたんぱく質の必要量は体重1kgあたり1.0g前後となっていますが、高齢者の場合はそれよりももう少し増やした方がいいとされています。そのため今回の研究では、1日あたりたんぱく質10gを付加することで、一般健常人で推奨されている量よりも多くなるように設定しました。それ以上の付加量となると、栄養状態の改善というより肝臓や腎臓の機能に負荷をかけて悪化を招く恐れもあるため、その設定量が妥当と考えました。
「魚肉ペプチド」を毎食摂ることで、栄養状態の維持・改善へ
――たんぱく質10gを1日1回投与する方法と、1日3回投与する方法の2種類の試験を行われましたが、その理由と結果を教えてください。
まずは、同様の栄養補助食品の場合に1日1回で付加していたため、1日1回で2カ月間の投与を行いました。
しかし目立った栄養改善効果が見られなかったため、たんぱく質10gの魚肉ペプチドを1日3回に分割して6か月間投与する試験も行うこととしました。その結果、一部の短期栄養評価指標(プレアルブミン、トランスフェリン、レチノール結合蛋白)と窒素平衡(取り込まれた窒素量と排泄された窒素量で体内のたんぱく質量の増減を評価)において改善傾向がみられ、摂取したたんぱく質が体内で活用されていることが分かりました。
また、ヘモグロビンについても投与後に改善がみられました。ヘモグロビンは赤血球の構成成分で、体中の隅々に酸素や鉄を送る重要な役割がありますので、魚肉ペプチドは鉄の取り込みを促進する可能性も考えられました。ヘモグロビンはたんぱく質から作られるため、魚肉ペプチド投与によりヘモグロビンを作る材料が増えたことも影響しているかもしれません。
――この一連の研究から何が言えるでしょうか?
窒素平衡の結果から、胃ろう栄養の神経筋・難病の患者さんでは、一般的な栄養素配合の栄養剤ではたんぱく質量が十分ではなかったのではないかといえます。腎臓や肝臓に負荷がかかっていないかを確認しながら、たんぱく質を適度に長期間にわたり強化することで、栄養状態の維持改善につながる可能性が考えられました。
――最後に、今回の研究を踏まえて一般の方へアドバイスをお願いします。
食事から摂ったたんぱく質は筋肉に変換された状態で貯蔵できるのですが、たんぱく質そのものを体内に貯蔵するということはできません。そのため、毎日の食事からたんぱく質をしっかり摂ることが重要です。特にフレイル(加齢による心や体の機能の低下)やサルコペニア(筋肉の低下)を予防するために、高齢者では肝臓や腎臓の機能に問題なければ、たんぱく質を強化する(高たんぱく質食)ことは身体機能や健康の維持・改善に効果的であると思います。
たんぱく質はまず、肉や卵、牛乳、ヨーグルトなどの食品から摂ることが重要です。それに加えて、魚肉ペプチドのような吸収効率と栄養価の高いサプリメントを併用することは手軽で有用かと考えます。健康志向の高い方にも、お魚から作られたたんぱく質のサプリメントということで手軽に利用しやすいのではないかと思います。