鈴廣職人サイト

鈴廣の「職人技」
■工程 6:よせ身■

業界を支える「かまぼこに人生をかけた男」

職人:神 兼智

聞き手:土屋 朋代

人一倍強いかまぼこへの熱意

神さんはかまぼこ職人であるが、現在鈴廣の常務取締役として、工場全体の衛生と安全に目を配り、職人たちを束ね、研究者たちと議論をし、かまぼこの味と品質に責任を負う。
聞けば、なんと実家は青森のかまぼこ屋。

「生まれた時から1階が工場、2階が自宅の環境でした。子供の頃、家に帰るとすぐに工場に行き、父母や祖父母の仕事を近くで見ていました。それが私のかまぼこづくりの心の核をつくったと思っています。寝食をかまぼこと共にしながら育ってきましたから、かまぼこは私の人生そのものなんです。」

家業を継ぐため、親のつてを頼りに修業として鈴廣で数年働いたところ、社風や経営者の哲学にすっかり魅了されてしまったのだそう。
「鈴廣に残る決意を社長に伝えた時に、さすがに反対されました。それでも私の決意は固かったです。実家の家族経営の工場にいるよりも、規模が大きいの鈴廣の方が、かまぼこ業界全体を盛り上げるには近道だと思ったんです。」

熱意で社長を説得し、かまぼこづくりにさらにのめり込んでいく。その様子は、社長に「かまぼこに人生をかけた男」と言わせしめるほど。

もちろん気持ちだけではない。本物を安定的に作り続けるためには総合力が必要だ。神さんはかまぼこづくりに必要なすべての知識と技をもっている。原料の本質を見極める力と経験、美しく仕上げる技術とセンス、研ぎ澄まされた味覚嗅覚、科学的な知識、システマチックな思考、さらにはコミュニケーション能力やリーダーシップ……。これらの力量を総合的に備えることで、かまぼこ製造に関わる職人やスタッフのパフォーマンスを最大限に引き出しているのだ。

高い判断能力が問われる「よせ身」の工程

割いてみたときの裂いた面の凹凸を確認する
割いてみたときの裂いた面の凹凸を確認する

全工程をこなす神さんだが、中でも思い入れが強いのが「よせ身」。塩を入れて練られたすり身は本来であれば、裏ごしという工程に進むのだが、一部のすり身は裏ごしする前に蒸して、品質の検証に回される。この蒸したすり身を実際に食べることで、擂潰までの工程に問題がなかったかを確認すると同時に、今日のすり身の特徴を把握し、裏ごし以降の工程でどのような微調整をしたらいいかの指示を出すのだ。

「まずは、全体から指で感じる弾力の強さ、指で割いてみたときの裂いた面の凹凸、表面のツヤを目で見ます。その後、口に入れて粘りときめの細かさをチェックします。前歯で小さくかじる程度で瞬時に判断しなくてはいけず、しかも、最終段階の冷えた状態ではなく、蒸したままの熱いものなので、完成をイメージしながら行うのが難しい。熱く、裏ごしをしていない状態は、製品になった時の官能検査とはまったく異なる感性と基準をもっていなければならないんです。」

科学と伝統を融合させた鈴廣のスタイル

弾力を数値化して記録している
弾力を数値化して記録している

高い技術と知識をもつ神さんだが、鈴廣内にある科学研究機関「魚肉たんぱく研究所」による最新の研究結果に目を通すことも忘れない。

「職人の世界は、背中を見て覚えろ、という教育だったので、何のための作業なのか曖昧な部分もありました。それらが研究によって全て裏付けられるのは意義深いですよね。理屈を分かっているのといないとのでは、作業の質や効率が全然違います。」
ただし、それを鵜呑みにはしないとも言う。

「数値上で弾力が強いと出ても、食べた時の感覚が違う時もあるんです。適度な弾力としなやかさ、噛んでいるうちにすっとなくなっていく喉ごしなど、バランスが大事。科学的な数字はあくまでもひとつの根拠として、職人の感性も大切にしながら、科学と伝統を融合することで鈴廣のスタイルを確立していきたいですね。」

そんな神さんにとって、理想のかまぼことは?
「突き詰めると、飽きずにいくらでも食べられるかまぼこ、でしょうか。小田原かまぼこは、人間の英知が詰まった健康的で文化的な食べ物です。この唯一無二の食べ物の魅力を、日本はもちろん世界にも伝えていきたいですね。」

今では会社の枠をも飛び出し、「小田原蒲鉾協同組合」では、他社の職人たちにも、かまぼこづくりの技術の指導を行っている。
「かまぼこと一生を添い遂げたい」と語る神さん。

只ならぬかまぼこ愛で、鈴廣、小田原かまぼこ、ひいては、かまぼこ業界全体に熱い魂を吹き込んでいる。

土屋 朋代

国内外を旅しながら、各地に根付く独自のカルチャーを掘り下げ発信するフリーランスライター。『ことりっぷ(昭文社)』や『地球の歩き方(ダイヤモンド・ビッグ社)』などの旅メディアや、インバウンド向け媒体を中心に編集・執筆活動中。