鈴廣職人サイト

鈴廣の「職人技」
■工程 5:らいかい

旺盛な好奇心と行動力で到達した「擂潰のエキスパート」

鈴廣職人

職人:中溝 啓太

聞き手:土屋 朋代

精神力と集中力が問われる「らいかい

らいかい」とは、読んで字のごとく、擂り(すり)、潰す(つぶす)ことで、かまぼこ業界の専門用語。適度な水分に脱水した魚肉を石臼と杵で擂り潰し、塩を加えてさらに擂る。パサパサした魚肉の身を、のりのような粘りのあるすり身に仕上げていく工程で、しなやかな弾力と喉をスッと通る喉ごしはここで決まるといっても過言ではない。この工程を得意とするのが、入社12年目の中溝さんだ。

「手で魚の身を触りながら、擂る時間、塩を入れるタイミング、塩の量を微妙に調整することで、魚本来がもつポテンシャルを最大限引き出します。」

一見地味だが常に神経をとがらせていなくてはならないため、「脱水」に並び多くの職人が登竜門と感じる難しい工程だ。時にこれを1日5時間も続ける中溝さんは、職人たちの間でも一目置かれる存在である。

苦労して手にした一級技能士の資格

実は中溝さんが水産練り製品製造一級技能士(かまぼこ職人の国家資格。後述、一級技能士)を取得した時に、就いていたのはかまぼこを日々手づくりする仕事ではなかった。

鈴廣には、大きくふたつの工場がある。職人がすべて手づくりする伝統製造課と、機械でスピーディーにたくさんの商品を作り上げるライン製造課。中溝さんは、基本的にライン製造を担当している。

パサパサの身が、のり状のすり身になる
適度な水分値になった魚の身
一級技能士の試験には、学科のほかに、高度な実技レベルも問われる。毎日自らの手でかまぼこを作っている伝統製造課のかまぼこ職人ですら合格率は低いのだが、ライン製造にいると、実技試験で求められる技術を鍛える機会が極端に少なくなってしまう。

「一級技能士を受験すると決めてから2年間、かなりがんばりました。空いた時間を見つけては1本だけ手ですりみを板に付けてみたり、仕事終わりにひとり残って自主練習したり……。会社で定期的に技術講習会を開いてくれたのもありがたかったです。」

高い向上心で積極的に学びを深める

現在ライン製造で活躍する中溝さんだが、実はもともとは職人志望。

「鈴廣に入ったからには、いつかは、伝統製造課で超特選蒲鉾『古今』を自分の手で作りたいですね。」
こう目を輝かせる中溝さんの向上心と好奇心は、ライン製造での真剣な仕事ぶりにも見て取れる。

「ライン製造でしか培われない“職人技”もあると思っています。」
機械で作るといっても、日々変わる魚やすり身の質にあわせて、機械の微調整を行うのは人間。鈴廣のライン製造には、かなりの人が手をかけて、かまぼこづくりを支えている。

「機械のサポートなら楽だろうと思われがちですが、やることはたくさん。むしろ機械のスピートについていかなくてはいけないので、瞬時にいろいろなことを判断しなければなりません。」
さらにこんなエピソードまで。鈴廣は一部の原料を海外のすり身工場で生産しており、技術者が定期的に現地に出向き技術指導を行っているのだが、現地の様子をこの目で見たいと思った中溝さんは、これに同行すべく上司に直談判。会社もその熱意に応えた。

「現地で魚から冷凍すり身になる工程が見られたのは私にとって財産ですね。小田原の鈴廣の工場でも魚からすり身を作っていますが、海外では環境が違います。聞いただけと実際に見るとでは全然違う。すり身の見方が180度変わりました。」
最後に笑顔で語ってくれた。

「毎日新しいことが見つかるので、それに挑戦するのが楽しいんです」という言葉がすべてを表すように、中溝さんの学びへの貪欲な姿勢はあらゆる方向に広がりをみせている。

土屋 朋代

国内外を旅しながら、各地に根付く独自のカルチャーを掘り下げ発信するフリーランスライター。『ことりっぷ(昭文社)』や『地球の歩き方(ダイヤモンド・ビッグ社)』などの旅メディアや、インバウンド向け媒体を中心に編集・執筆活動中。