飽くなき探究心をもつ「すり身を自在に操る男」
職人:葛西 洋輔
聞き手:土屋 朋代
興味の幅が広く何に対しても研究熱心
朗らかな笑顔とユーモアを交えた軽妙なトークで場を和ませてくれる葛西さん。
料理好きの凝り性体質で、学生時代から、カレーに茶碗蒸し、プリン、さらにはラーメンをかん水麺から作ってしまうほどの本格志向。現在も、休日には家族に手づくり料理を振る舞い、カレーの隠し味にソースやケチャップ、時にはチョコレートを混ぜ込むなど、味への飽くなき探究心とチャレンジ精神で、周囲を驚かせているのだそう。
「自分自身も食べるのが好きですが、それ以上に、自分が作ったものを食べて喜んでもらうのが大好きなんです。」
その気持ちは昔から変わらず、食に携わる仕事に就きたいと、青森の高校を卒業した2004年に鈴廣に入社。職人が全て手づくりする伝統製造課と機械生産のライン製造課を行き来していたが、仕事ぶりを見た上司に、「探究心の強さが職人向き」と言わしめ、2019年春から職人がすべて手づくりする伝統製造の世界に舞い戻ってきた。
「裏ごし」の工程の敵は“熱”
裏ごしされて滑らかになったすり身
「すり身を極小サイズの網目に通すため、摩擦ですり身が熱を持ちやすくなってしまうんです。すり身のタンパク質は熱にとてもデリケート。温度が上がるとどんどん硬くなってしまいます。」
すり身にダメージを与えずに裏ごしするには、かける圧力の細かな調整や氷水での冷却による温度調整が必要。しかもその適正温度は、魚の種類やその生息水域によっても変わってくるというから複雑さはさらに増す。
「冷たい水域で育った魚は10℃で硬くなってしまいますが、暖かい水域の魚は20℃くらいまで大丈夫なんですよ。」
魚のことを熱心に学び尽くした葛西さんだからこそできる、絶妙なコントロールテクニックが不可欠だ。
「地味ですが完成の良し悪しを大きく左右する重要な工程なんです。」
「成形の工程が詰まっている時には、擂潰の工程を少し待ってもらったり、もちろん逆もあります。すり身の擂り上がりから成形までの時間がかかるほどすり身は硬くなってしまうので、流れるように作業を進めなくてはいけないんです。」
自分の作業に集中しつつも、常にアンテナをはって周囲の状況を把握しなくてはならない、バランス感覚が問われるポジションだ。
先輩からの言葉を胸に後輩育成にも注力
「どんなに忙しくても、仕事に食われるなよ。」
仕事に振り回されていたら自分を見失ってしまう。目標をもって能動的に動いた方が仕事は楽しい。先輩はそう優しく諭してくれたのだそう。
「私はこの言葉に救われたので、今度は私が後輩たちにこの姿勢を伝えていく番だと思っています。」
こう語りながら、後輩たち一人ひとりに目を配り、「何がしたい?」「次はどうしていこうか?」と優しく問いかける。葛西さんの熱心な学びの姿勢は、次の世代にも確実に受け継がれている。
土屋 朋代
国内外を旅しながら、各地に根付く独自のカルチャーを掘り下げ発信するフリーランスライター。『ことりっぷ(昭文社)』や『地球の歩き方(ダイヤモンド・ビッグ社)』などの旅メディアや、インバウンド向け媒体を中心に編集・執筆活動中。