鈴廣職人サイト

鈴廣の「職人技」
■工程 13:蒸し■

全工程に的確な指示を送る「司令塔」

職人:葛西 一

聞き手:土屋 朋代

品質を見分ける高いスキルが不可欠

かまぼこづくりは「一に買い出し、二に臼、三に釜」といわれるが、中でも釜による「蒸し」は弾力を決める重要な工程だ。魚肉たんぱくは温度に非常にデリケートで、工房内の温度や湿度に大きく左右されるため、状況に応じて加熱条件を0.1度、数十秒の単位でこまめに調整する必要がある。

さらに蒸し上がった製品の出来栄えを実際に食べてチェック。品質をもとに、加熱調整に留まらず、擂潰や成形の担当者に修正指示を出すため、「蒸し」が全工程の基点となる。葛西さんはこの道に長く携わる、まさに「司令塔」なのだ。

蒸し器に入れられるかまぼこ
蒸し器に入れられるかまぼこ
「多い時には1日50回近く食べています。香りや弾力、割いた時の断面、味、食感、喉ごしなどチェック項目はたくさんあるんですよ。」

このほんの少しの品質の違いが分からなければ、この工程は任せられない。毎日毎日かまぼこを食べ続け、そして見続けることでしか、この微妙な違いを判別するスキルは身につかないのだそう。

得るものが多かった伝統製造時代

鈴廣かまぼこ博物館では職人が黙々と作る様子を見学できる
鈴廣かまぼこ博物館では職人が黙々と作る様子を見学できる

小田原の隣、箱根湯本で生まれ育ち、鈴廣のかまぼこや伊達巻を食べて大きくなった葛西さん。小中学生時代は剣道に打ち込み、現在も地元の剣道教室で子どもたちの指導のサポートをしているというだけあり、スポーツマンらしいしゃんと伸びた姿勢と安定感のある物腰が印象的だ。

もともと図工が好きなど手先が器用だったことから、かまぼこづくりに興味をもち、高校卒業後に鈴廣に入社。最初は機械でかまぼこを作るライン製造課に所属。5年の間に機械製造の道を極めたように感じた葛西さんは、職人の世界を垣間見たいと伝統製造課への異動を自ら志望したのだそう。

「実はこの時たいていの小手先の作業はできるようになっていたので、ちょっと天狗になっていた部分もありました。」
しかし異動するとこれまでの常識がまったく通用しないことに戸惑い、天狗の鼻はあっさりと折れてしまう。

「職人たちはあまりコミュニケーションをとらないんですよね。言葉ではなくお互いを見ながら作業を進めていくんです。はじめは背中に目が付いているのかと思いましたよ。」
こう振り返る葛西さんは、そこから人の動きをひたすら観察するという学び方を確立し、謙虚にゼロからかまぼこづくりに向き合った。

職人から学んだことをライン製造に落とし込む

一日300本しか作ることのできない職人手づくりのかまぼこが完成した
一日300本しか作ることのできない職人手づくりのかまぼこが完成した

伝統製造課での経験はライン製造で忘れかけていた大事なことも思い出させてくれた。

「ライン製造では1秒1本というスピードでかまぼこができていくので、1本の大切さを見失いがちなんです。でも職人たちが1本1本丁寧に作り上げている様子を目の当たりにして、これが本来の姿なんだと再確認できました。」
伝統製造課で得たこの感覚を、ライン製造の若者たちにしっかりと伝えていきたいと語る葛西さん。

「いま鈴廣では職人の技や感覚を数値化し、その繊細な技術を機械でも再現できるようさまざまな試みを行っています。仮に、機械の性能が上がり表面的には手づくりのクオリティに近づいたとしても、そこに魂がなければ、たとえ数値的には同じでもまったくの別物だと思うんです。」

現在はマネージャーとしてライン製造課をとりまとめている葛西さんは、品質の向上や生産の効率化を追求しながら、伝統製造課での貴重な体験をもとにライン製造に命を吹き込み、かまぼこづくりの理想形を模索し続けている。

土屋 朋代

国内外を旅しながら、各地に根付く独自のカルチャーを掘り下げ発信するフリーランスライター。『ことりっぷ(昭文社)』や『地球の歩き方(ダイヤモンド・ビッグ社)』などの旅メディアや、インバウンド向け媒体を中心に編集・執筆活動中。