鈴廣職人サイト

鈴廣の「職人技」
■工程 12:細工■

優美な細工を施すかまぼこ界の「ダ・ヴィンチ」

職人:和田 美華

聞き手:土屋 朋代

細かな細工を素早く仕上げる驚異のスキル

かまぼこといえば紅白かまぼこを連想すると思うが、鈴廣には職人が細工を施した超特選『古今』鹿の子というものがある。白いかまぼこの上にピンクと黄緑色の鹿の子柄が刻まれた華やかな逸品。これは、かまぼこの山に紅と緑のすり身を塗り分け、その上に白いすり身を上掛けし、彫りベラで刻み出して作られる。特徴的なその美しい意匠は手づくりならではのものだ。

鹿の子の模様を意匠にした鹿の子柄は祝い柄として日本に伝わる
鹿の子の模様を意匠にした鹿の子柄は祝い柄として日本に伝わる
この工程を得意とするのが、伝統製造課でも数少ない女性職人のひとりである和田さんだ。細工は成形における最終の仕上げであり、ここで少しでも曲がったり深く掘りすぎたら、その時点で商品は作り直しとなる緊張感のある工程。慎重に取り組みたいところだが、時間をかけると身質が変化し弾力に影響するため、素早く仕上げるスキルが必須だ。

和田さんが鹿の子柄を掘っていくスピードは、ほかの職人が見ても圧倒されるほど。彫と彫の幅は1mm、深さは3mmと均等に掘らなければならないのだが、例えば、新人職人が1本に約100個の彫を均一に彫ろうとすると3分ほどかかるが、和田さんはわずか30秒。1秒に3彫りのハイスピードで彫り上げる。その作業を側で見ていると、“タッタッタッ”とリズミカルな音楽が聞こえてくるようだ。
また、最後の品質チェックを行う「門番」でもある和田さん。

「食感や形状が少しでも違えば製造工程にフィードバックします。よく基準が厳しいと言われますね」と話すと目の奥がキラリ。理想は高く、最終工程の責任者として妥協は一切ない。

「細工の担当者は、蒸すまでの製造の工程にも参加します。製造から包装の手前の完成品まで一連の流れすべてに携われる人はあまりいないので、これが見られるのが私のポジションの楽しいところですね。」

先輩職人の意志を受け継いでいきたい

入社17年目となる和田さんは、小田原生まれの小田原育ち。小田原を代表する鈴廣でかまぼこづくりに携われていることに誇りを感じていると胸を張る。

「手先が器用なので包装工程を志望したのですが、はじめの3ヵ月研修のあと伝統製造課に声を掛けられました。少し驚きましたが、入ってみたら私にすごく合っていたんです。」
父方の実家が畳職人の家だったため、職人に慣れていたというのも大きいのかもしれない。抵抗なく職人の世界に入り込めたという和田さん。

「入社当時は、今いる富永雅夫さんや萩原久さんのほかにも重鎮レベルの職人がたくさんいたんです。孫のようにかわいがってもらいつつ、厳しい職人たちの中でもまれながら、技から生き様まで職人魂を全身で学びました。技術一辺倒では“技術士”ですが、そこに魂が加わってこそ“職人”だと思うんです。当時教えてもらった職人の熱意を後世に伝えていきたいですね。」

紅と黄緑のすり身の上に、白いすり身をのせてから、模様を一つずつつけていく
紅と黄緑のすり身の上に、白いすり身をのせてから、模様を一つずつつけていく
プライベートでは2児の母である和田さん。5歳と1歳という手のかかる時期の子供たちの子育てに奮闘しながら、伝統製造課をたくましく支えている。感覚勝負な職場で産休後にスムーズに復帰できるものなのか尋ねると、
「私もはじめは心配でしたが、意外と体が覚えているものですね。難なく元のパフォーマンスができるようになったのは、自分でも驚きでした。」

長い修業で培った高い技術と繊細な感性はタイムラグなど物ともしない。
「家にいるときは子供のことで精一杯。でも、昔、先輩職人に教わった“まな板の上は常にきれいに”という言葉が体に染み付いていて、家でもまな板周りはすごくきれいですね。」

職人は工房の外でも職人気質が抜けないとよく聞くが、和田さんはまさにそんな一人。日々感性を磨き、背筋を正して丁寧に暮らす和田さんの作るかまぼこには、凛とした美しさが宿っている。

土屋 朋代

国内外を旅しながら、各地に根付く独自のカルチャーを掘り下げ発信するフリーランスライター。『ことりっぷ(昭文社)』や『地球の歩き方(ダイヤモンド・ビッグ社)』などの旅メディアや、インバウンド向け媒体を中心に編集・執筆活動中。